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緩和ケアに携わっていくために
 株式会社日立製作所日立総合病院 笠島 由紀
 
はじめに
 
 私が働いている一般消化器内科病棟では、急性期・慢性期の患者を抱えている。その中で末期がん患者の占める割合は少なくない。人生最期の生活の場として、病院を選択した患者とその家族にとって、ニーズを満たす援助が出来ているのか、また自分の知識・技術が未熟であるが故に、苦痛を取り除けないまま亡くなられていったのでは、とジレンマに陥ることがあった。今回の研修に参加し、講義・実習を通じて、緩和ケアの基礎を学ぶとともに、今後の課題が明らかになったので、報告する。
 
緩和医療・緩和ケア
 
1) 緩和医療・緩和ケアについて
 社会構造の違いもあるが、スウェーデンなどでは、医療費の問題があり、在宅型が多いということを講義で知った。夜間パトロールなども行われ、安心した在宅療養を過ごせるようである。日本では、痛みを伴う末期状態の際、自宅で生活したいという人の割合が少ないが、病院での緩和医療・緩和ケアが充実していくことで、その選択を後悔せずに済み、その人らしく最期を迎えることができるのではと考える。ホスピスの認知が進み、その存在が更に望まれていくことに世論が傾けば、ホスピス理念があらゆる施設に浸透し、終末の迎え方の選択肢も広がっていくだろう。自施設でも、本人の強い希望で帰宅され、翌日に亡くなられたご家族の方から、「本人の望む死に方をさせられた」という言葉を頂いたことがある。自施設でも安心してターミナル期を送れるサポート体制を作るために、今ある資源を十分に活用してできることからはじめ、希望に沿った援助をしていきたい。また、志真泰夫先生(国立がんセンター)の講義から、不安や苦痛を伴って旅する患者(cancer journey)のパートナーとして、医療者は、患者に会ったその時から継続した支援が必要なことも学んだ。
 緩和ケアとは、「治癒を目指した治療が有効でなくなった患者に対する積極的な全人的ケアである。緩和ケアの目標は、患者とその家族にとってできる限り可能な最高のQOLを実現することである」1)とされている。しかし、業務に追われ、患者・家族が本当に望むものが見えていないことがある。また、患者に任せられることも、看護者がやってしまうこともある。「目的を持って患者の所へいく」「全てやっていこうとするから自分達が辛くなる」と阿部まゆみ先生(日本看護協会看護研修学校)が講義で話されていたが、患者・家族がどのようなことを望んでいるのかを常に考え、患者の残された機能を活かして援助していく姿勢を持つことで、患者のQOLを高め、維持できるよう働きかけることができる。またできること、できないことを自分の中で整理することで、看護婦自身も燃え尽きることがないのだということを学ぶことができた。
 
2) 症状コントロールについて
 察する文化である日本において、今までは、医療者側が主導権を持つ治療・看護が行われてきた。いわゆる「おまかせ医療」である。しかし、現在は、主人公は、患者自身であり、治療・看護について、自己決定していくという方向へ流れはじめている。症状は患者が体感するものであり、それを表現できるのは、患者しかいない。患者の訴えを傾聴し、それが正しく評価され、医療・看護が提供される。共にマネジメントしていくということをきちんと伝えていくことが、患者の闘病意欲を高め、さらに自立への導きになるだろう。「症状マネジメントのゴールは、生態学的・専門的知識あるいはセルフケア能力を用いて悪い結果を回避したり遅らせたりすること」2)である。患者のセルフケア能力を査定し、必要な部分を代償することがその目的である。しかし全てのスタッフが同等レベルでのアセスメント能力をもっているわけではなく、患者に対して適切な介入をするために、症状マネジメントの統合的アプローチ(IASM)を臨床に適応することは、とても有効であることが理解できた。また、症状の定義・メカニズムを共通理解した上で、多角的にアセスメントすることで、主観が入りにくくなり、誤った介入をすることがなくなることを知り得た。症状緩和という共通目標に向かい、患者に合った知識・技術、看護サポートが提供されることにより、セルフケア能力が高められれば、患者は自分が医療の中心であり、全てを医療者に委ねてしまっていないこと、症状緩和に参加(意思決定)していることを自覚することができると考える。
 がん患者にとって、痛みは特に取り除いて欲しい症状であり、除痛が十分にできていないことは、心理社会面にまで影響を及ぼすことがある。患者のQOLを考えて、除痛についての知識・技術を的確に提供することが、医療者の責務といえる。ホスピス実習でも、痛みのコントロールがされている患者が殆どであった。介助が必要な患者も、入浴や音楽療法を楽しみ、日常性が保たれていることを目のあたりにして、症状が緩和されるということは、人間らしく、その人らしい生き方が最期まで続けられるという意味をもっており、それが緩和ケアの原点であるのだと改めて考えさせられた。使用される薬剤が同じであっても、適切な介入がされているかどうかに、症状緩和がかかってくることを学んだ。今後は痛みを含め、行ったケアについて、常に評価し、より良いケアの提供ができるようにしていきたい。何より患者が症状緩和の鍵を握っていることを忘れずに接していこうと思う。
 
3) チームアプローチについて
 末期症状緩和のためには、患者を中心とした、全人的医療が必要であり、多くのニーズを満たすためにも、さまざまな職種がチームを組んで対応する必要がある。実習では、チームミーテイングが毎日行われ、チームメンバー全員が参加し、それぞれの視点から意見がだされ、討議されていた。問題や情報を共有することで、患者に対してより適切なアセスメントがされ、速やかな対応につながることを学んだ。ホスピスでは、音楽療法士やチャプレンなどもチームに加わっているが、それぞれ患者の気持ちを、言語化・非言語化にこだわることなく表出させ、そこから気持ちを和らげる援助を模索したり、患者にセルフカウンセリングをさせることで、問題解決や、気持ちの浄化に導いていく役割を担っていた。スピリチュアルな問題を考えても、ホスピスにおける音楽や宗教家の存在がとても大切であることを学んだ。チーム医療においては、他職種の意見を統合し、より良い医療・看護ができることがメリットであるが、そのためには、批難せず、お互いの意見を尊重していくこと、有効な話し合いがもたれるように歩み寄る努力が必要なのだろう。現在、自分の職場では、カンファレンスが看護婦と医師、他職種は別々に行われており、個々が問題・情報を抱えてしまい、問題がリアルタイムに見えてこない時がある。今後は、医師や他職種との話し合いを持ち、方針の一致したケアを提供するという意識づけと、現在ある人的資源を活用し、患者にアプローチしていく必要性を感じている。
 
患者・家族との関わり
 
 がん患者や家族が望んでいることは、症状緩和の他に、医療者とのコミュニケーションであるという。身体的苦痛が緩和されても、先にある大切な家族との別れを前にして、不安は日々募っていく。その中で、医師や看護婦と十分なコミュニケーションがとれないことは、見離されたのではという気持ちを抱かせ、悲嘆を更に強くする要因になるのだという。医療者は、人間対人間として、温かい言葉掛けや誠実な接し方をすること、いつも側にいて最期まで共に歩んでいくという姿勢を提示していく必要があると考える。講義の中で、ロールプレイを行う機会をもった。患者・医療者の立場に立って会話をしてみて、いかに自分が直接質問法を使っていたか、間を取ることが苦手であるのか、会話の癖を知ることができた。「沈黙」は、相手に考える時間を与え、自問をしてもらうというアクティブリスニングとして、とても有効なコミュニケーション技法であることを知り得た。医療者は、意識しなければどうしても力量関係で威圧的になりやすい傾向にある。目線を合わせ、ゆっくりと落ち着いた口調で会話をすることで、相手のぺ一スを引き出し、気持ちを表出させることができると考える。実習中、医師をはじめ、看護婦・看護助手までも、訪室の際ベッドサイドに座り、必ず目線を合わせ、会話にも「沈黙」が使われており、コミュニケーションに対しての意識づけができていることに感激した。今後は、患者・家族が伝えようとしていることが何であるか、心理的変化を察する感受性を磨き、理解しようとする意識をもって関わっていきたい。
 家族について、患者と家族は1つのユニットであり、一方が病気などの問題で揺れ動くと、共に共鳴し合い、不安定な状態に陥ることを理論的に学ぶことが出来た。また患者を支えていく上で、家族が機能していることが必要であり、家族の発達課題も考慮していくべきであることを学んだ。そして、患者と家族の意見のずれを修正し、社会資源を利用し、ゴール(患者・家族の望むQOL)達成ができるよう援助していくことも看護婦の大切な役割であることを知り得た。今後は、患者に対して傾聴するように、家族の健康や悩みについても察知していけるように心掛けるとともに、家族に対してのアセスメントも十分に行い、問題を早期発見し、家族システムが上手く機能する働きかけをしていきたい。
 精神腫瘍学では、QOLにおいて影響を及ぼす症状として、適応障害、うつ病、せん妄などがあることを学んだ。がん告知された患者の多くは、キューブラー・ロスの死への受容の5段階の過程で、防衛機能を使い、心のバランスを保つといわれている。ほぼ2週間程度で通常の精神状態に回復するといわれている。しかし、未告知のままで過ごす患者の中には、適応障害に陥ったり、うつ病になることも少なくないという。未告知の患者は、病状が悪化することへの疑念が強まり、真実を告げられないことにより誤った自己決定のもとで過ごし、気付くと望むような死を迎えられない状況になることもあり得る。次いで、曖昧な態度や説明をし、ベットサイドから遠のく医療者の姿もそこに現われる。しかし、告知・未告知に限らず、その人がどんな病態にあるのか、治療やケアにどんなメニューがあり、それがどう影響するのかをインフォームドコンセントしていくことが必要であること、受容はできなくても理解ができ、不必要な不安を抱くことがなくなるのではないか、ということをグループ演習を通じて学んだ。末期患者の多くは、体力が低下し、人へ依存していくことへの苦痛を感じているが、その自責感、希死念慮を、自分は、がん患者における悲嘆のプロセスと捉らえてしまっていた。抑うつ状態へのサインを見逃して、コミュニケーションがスムーズに成立しなくなり、家族との大切な時間が持てなかったケースもあったのではないかと考えた。今後は身体的苦痛の除去を速やかに行い、必要であれば心療内科にもコンタクトをとって対応していくと共に、身体のことと同じように、心の具合も声に出して確認できるように、患者と向き合っていきたい。また、せん妄症状も末期がんにおける精神症状の一つである。さまざまな原因により引き起こされる脳の全般的な機能不全であるが、器質的異常が非可逆的であった場合、セデーションで症状をコントロールせざるを得ない場合もあるという。患者の苦痛はもちろんのこと、本人の人格の変貌に家族は、うろたえ、深い悲しみを感じる。そのような時に、医療者は、疾患からくる脳の障害であることを説明し、状況を理解させる必要がある。原因を調べ、適切な治療により、患者の人生の完成をより良くできることを考えると、全人的にアプローチしていくことが大切であり、どちらか一方にでも苦痛があっては、患者のQOLは低いものとなってしまう。患者に対して、常に誠実に対応すること、「痛い」「苦しい」と言っているその言葉の裏にある、心の動きも察することができるようにしていきたい。
 
倫理観・死生観
 
 以前自分が関わったケースで、若い肝硬変末期の患者がいた。肝移植をするかどうかという段階になった時、結局本人を除く家族の意見で、行われなかった。理解力のある患者に状況を伝えないこと、選択させないことに、疑問を抱いていたが、生命倫理の講義を聴いて、以下のように考えることができた。患者・家族の選択において、「患者に害を及ぼさない」「患者の利益を最大にする」ことは倫理的には価値のあることである。本人の余命を考え、患者に良いと思われるQOLが保たれるのであれば、状態を詳細まで説明しないこと、リスクの高い、苦痛を伴う移植を家族が選択しなかったことは、患者にとっての利益はあったのだと思われた。今後は、感情的に考えるだけでなく、患者・家族の多様化する価値観に於いて、彼らにとって何が最大の利益となりうるか念頭におきながら関わっていきたい。
 死ぬということは、誰も経験したことのない、未知なるものである。しかし、誰にでも訪れるものであり、緩和ケアに携わっていく中で、生と死について常に、自分自身に問いかけていく必要性を感じている。実習中、ホスピス外来で、「自分で考えて、ホスピスに入ることを決めました。今まで何でも自分で決めてきましたから」と話す女性がいた。死について考えるといっても、どのように死を迎えるか早期に答えを出せる人は少ないだろう。そのためには、死に対しての準備教育というものが、とても重要になってくる。アルフォンス・デーケン氏(上智大学)が学生らに行っている演習のように、自分や大切な人の死を考えた時の喪失感を時々でも体験することで、人との関わり方や、自分の生き方を見直せる機会となる。健康である時と、病気になってからでは、死に対する考えも変わることもあるだろう。生と死について、患者・家族の方から学ばせて頂くという気持ちを忘れずに、今後も看護婦という仕事を通じて、考えていきたい。
 
今後の課題
 
[1]患者・家族にとっての最大利益を考慮したケアを提供できるように援助する
[2]他職種と連携を密にして早期に問題解決をはかる
[3]有効なコミュニケーションがとれるようにスキルを磨いていく
[4]看護婦の仕事を通じて、人生観・死生観について考えていく
 
おわりに
 
 今回の研修において、今後の看護に必要とする課題を明らかにすることができた。得た多くの情報を整理して、実際に活かすために努力したい。また、日々進む医療についても学び自己研鑽していきたい。そして研修中お世話になりました、金子祐子先生、救世軍清瀬病院のスタッフの皆様に、感謝致します。
 
引用文献
1) 恒藤 暁:最新緩和医療学 最新医学社1999 p3
2) パトリシアJ.ラーソン他:Symptom Management 日本看護協会出版会 1998 p24
参考文献
1) 岡田 美賀子他:がん患者のペインマネジメント 看護協会出版会 1999
2) 中村 めぐみ他:最新がん看護の知識と技術 日本看護協会出版会 1997
3) 恒藤 暁:最新緩和医療学 最新医学社1999
4) アルフォンス・デーケン:死とどう向き合うか NHK出版 1996
5) 鈴木 和子他:家族看護学 日本看護協会出版 1999
6) サラT・フライ:看護実践の倫理 日本看護協会出版会 1998








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