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緩和ケア病棟開棟に向けて ―看護の基本を実践するために―
 宮城県立がんセンター 我妻 代志子
 
はじめに
 
 平成14年6月に緩和ケア病棟の開棟を目指して、今年度私はその立ち上げの準備に充たることになった。ここ数年ホスピス・緩和ケア病棟は急速に増加しており、そこで提供されるケアの質が問われるようになってきている。そのような状況の中で患者・家族のニーズにどこまで答えられるだろうか、と不安や焦りの日々を過ごしている。私自身の「緩和ケア」に対する理解は多少のイメージはあるものの、具体的な知識や技術についてはかなり不足していると感じていた。今回、開棟に向けて少しでも多くの知識を得ることと、看護婦としての姿勢や役割を明確にしたいと思い研修に臨んだ。この6週間、講義や実習を通して沢山のヒントや実践で生かせそうなことを見い出すことができ多くの学びが得られた。それらを振り返り、研修の課題に沿って学んだことを述べてみたい。
 
1.緩和ケアの概念
 緩和ケア・ホスピスケア・ターミナルケアなどはがん患者の終末期を対象としたケアに対して用いられている同義語である。緩和ケアは治癒を目的とした治療が無効となった進行がんなどの難治疾患の患者に対して行われる全人的な医療である。その目的はこうした難治疾患に苦しむ患者と家族に対してできる限り良好なQ O L(クォリティ・オブ・ライフ)を実現できるように援助することである。つまり家族とともに可能な限り快適な日常生活が送れるように援助する、また患者と家族が共に死に向かってよりよい準備ができるように援助することである。それは死ぬための援助ではなく、死をめざして生きるための援助である。その「生」を私達は人間としての「生」と捉え尊重することがまず第一であると思う。どのようなプロセスで今ここに居るのかを十分理解し、どこに焦点をあてるかを患者・家族が見い出し積極的に生きていけるよう支え、援助することが求められると学んだ。このことはホスピスや緩和ケア病棟でなければできないことではない。限られた時間の中で「生」を充実させるために患者がどう思っているのか、家族はどうなのかをキャッチできるような感性と、どうしたらそれが出来るようになるのかを見い出せるようにすることが大切だと感じた。
 
2.緩和ケアにおける看護婦の役割
 緩和ケアに携わる看護婦の役割としては、諸症状の苦痛の緩和を最優先することが挙げられる。今まで症状緩和については医療者側がなんとかしなければと主導権を握っていたと思う。講義から症状マネジメントの主導権は患者さんにあり、その意志を尊重し、セルフケアできるようにすることが大切だと学んだ。このことは実習においても実感することができた。肺癌で呼吸困難が強く、両下肢の浮腫も著明な患者さんが夕方からさらに呼吸困難がひどくなっていた。それに対して病態と照らし合わせてアセスメントし、酸素の増量や安楽な体位、そしてアロママッサージなどのケアが行われていた。患者さんは「病気だから苦しいのはしょうがない。でもこういうふうにしていると楽になってくるからまだ大丈夫だと思う。私は苦しくなったらこれが一番いいと思っている」と言われた。苦しくなったらこのようにすれば楽になると自分で行動がとれ、どの位で楽になってくると目安がわかっているのである。このことは医療者が症状緩和の為の情報を提供したりケアを行っている中で、患者さん自身が自分にあったものを選択しながら緩和が図れているのだと実感した。症状マネジメントは少しでも緩和できるように、方法の検討を諦めないようにしなければならない。そして何よりも‘これがいい’と患者さんが思えることが大事なのだと痛感した。
 次に役割としては基本的な日常生活の援助が挙げられる。このことは特に緩和ケアだからということではなく、看護の基本としてのものである。ひとつひとつの行為にしても患者さんが今まで生活してきた習慣や価値観を尊重し、それらに配慮して援助を行うことで日常性が保たれ、QOL(クォリテイ・オブ・ライフ)を高めることにもつながるのだと実感した。
 
3.患者・家族を1単位として捉え支援する
 今まではまず‘患者中心’として考え、家族は何かあったり希望が出たりした時に看護の対象になっていたように思う。何故1単位として捉えるのか。それは絆であり家族を援助することは患者を援助すること、そして患者を援助することは家族を援助することになるからである。‘看護婦は家族にはなれない’‘家族の役割を侵さない、取らない’
 ‘家族の意思決定を支える’そして‘問題解決の当事者は患者と家族’ということを講義で学んだ。実習でも家族が患者さんに対して行っている様子をみたり、話かけている表情、眼差しなどを見た。また、一緒に話を聴く機会もあった。その中には家族の思いや苦悩なども含まれていた。私達は家族が行っている行為やその意味を考え、支援が支配にならないような関わりをしなければならないと実感した。家族もまたその時々で揺れ動いている。それを承知で最後まで支え続けていけるような家族看護のあり方を模索していきたいと思った。
 
4.チームアプローチ
 緩和ケアは学際的なチームによって構成され、専門性を発揮しながら協働して行われている。その中で看護婦は患者・家族に対して全人的なケアの実践を行い、チームに事実を伝える役割がある。’患者・家族の二一ズにどう答えていくか、自分達ができることは何か’をチームで考え意思決定するには、情報の共有(伝達ではなく)とそれぞれのメンバーの役割が明確で確実に発揮されなければならない。その機能が十分生かされるにはカンファレンスが重要であることと日々のコミュニケーションが大切である。カンファレンスは[1]目的を明確にする[2]継続できる時間帯の設定[3]負担にならないような方法 を考慮する必要と、メンバーとして意見が出せるような雰囲気づくりも必要だと感じた。チームの課題として‘異質を取り込めるか、相手を尊重できるか’とあるが、とかく患者さんの問題は看護婦が解決しなければならないと自分の範疇で抱えこんでしまう場面が多いように思う。他者を信頼し尊重できるような意識が必要で、患者・家族を支えているのは個人ではなくチームであることを忘れないようにしたい。
 
5.コミュニケーション
 コミュニケーションの基本は [1]傾聴すること。このことは時間をかけて聴くことで会話が成立すれば傾聴と言えるのか、私自身の疑問でもあった。講義のなかでロールプレイを体験し、傾聴しているつもりでもすぐに看護婦として何か答えなければ…と思ってしまい、答えを用意しようとしていた自分に気がついた。その時の関わりの中で、まず聴く、ひたすら聴く、ということが大事であり、その言葉にあるものの意味や沈黙の意味を考え、表情や感情からもその思いを理解しようと集中して聴くことが重要だと学んだ。[2]受容すること。ありのままの患者を受け入れるということは、簡単なようでなかなか難しいことである。無意識のうちに自分の価値観で判断したり一側面を見て決めつけてしまうこともある。自分自身の中に大きな受け皿といつでも柔軟に対応できるような気持ちで接することが必要である。[3]共感すること。どれだけ患者の気持ちに近づけるか。相手の気持ちを自分のことのように感じることができるか。体験がなくても自分だったらどうだろう、ということを考えながら関わることが大切である。この基本となることは無意識にできるようにならなければならない。それは技術であり、患者・家族の関わりだけではなくチームの基本でもある。より効果的なコミュニケーションとなるには、スキルを意識して使用することとアサーティブな関係をめざすことも必要である。
 
6.臨床倫理
 「臨床倫理とは、医療現場において個別の状況にあたって、適切に状況を把握し、諸倫理原則やルールを緩用しながら、倫理的に適切な判断・評価・選択をしようとする営みである」。つまり、毎日看護婦として行っている行為にはすべて意味があり倫理を伴っているということである。特に看護目標を立案したり評価をする時は本当にこのケアで良かったのかと悩んだりするが、患者側から特に問題とならなければ倫理的な側面についてほとんど意識しないように思う。すべての医療行為・看護行為には倫理的側面が伴っていることを理解し、もう少し身近に感じて取り組む必要性を実感した。緩和ケアの倫理でも患者のQOLを高めることをめざし、余命を長くすることも、短くすることも目的としないことを前提としている。今回、倫理原則を学び、改めて事例を思い起こして考えてみた。倫理4原則は、[1]相手の利益になるようにする [2]相手に害を与えない [3]相手の自律を尊重する [4]正義・公平を保つ である。言い換えると患者・家族も価値観が多様化しており医療・看護の目的は患者に害を及ぼさない、そして益があるようにすることだと言える。患者・家族に対しては人間として向い、物事の善し悪しは社会的な範囲の中で考えていくということなのだろうと理解した。このことを心がけ倫理的問題を感じた場合には、講義の中で示された「臨床倫理検討シート」を活用し取り組んでいきたいと考えている。
 
おわりに
 
 研修から多くの学びを得ることができ、自分なりに大事だと思えたところをまとめてみた。講義では、今まで何となくそうだろうと思っていたことが明確になったり、新たな知識として深めることができた。また実習では、患者中心に行っているつもりでも自分の思いを優先していたことに気づかされ、自分の看護を振り返る機会になった。さらに客観的に他の施設をみることで、今後に生かせるようなことや実践で活用してみたいことなどをヒントとして得ることもできた。
 また、同じ目標を持つ研修生とさまざまな場面で意見交換をしたり、交流を深めることもできた。その中で視点を変えてみることも必要であると実感し、新しい発見に加え視野も広まったと感じている。
 今、研修前にあった不安は少し和らいでいる。それは緩和ケアにおいても、看護婦として当たり前のことがとても大事であり、提供されるケアは看護の基本なものであると理解できたからである。今後は、常に私達でできることは何か、どうしたらできるようになるのかが考えられるチームづくりを課題として、開棟に向けて取り組んでいきたい。
 
引用・参考文献
1) 清水哲郎他:臨床倫理検討システム開発プロジェクト、臨床倫理学 N01、2000
2) パトリシアJ.ラーソン/内布敦子他:患者主体の症状マネジメントの概念と臨床応用、日本看護協会出版会、1998
3) 鈴木和子・渡辺裕子著:家族看護学 理論と実践 第2版、日本看護協会出版会、1999
4) 山崎章郎他:「生」を最後まで輝かせるホスピスハンドブック、講談社、2000
5) 緩和ケア―看護の考え方と方法―、臨床看護、VOL22、1996








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