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第7章 おわりに
 訪問調査5か国6海難調査機関の概要報告及び国際協力の実例を踏まえ、海難調査の国際協力の現状及び今後の課題を考察し、海難調査の国際協力化についての本研究会の結論とする。
I 国際協力の実例
 以下、訪問調査機関の国際協力に関する実例を再掲を含めて示し、問題点を指摘する。
1 共同調査の実例(MAIBの場合)
 MAIBの“Annual Report 1998”に次のような記載がある。
(1)1997年12月にクルーズ船アイランドプリンセスがイタリア領海内で試運転中、汽缶爆発を起こした。
 MAIBの調査は12ヵ月以内に完了する予定であったが、「安全弁の解放検査についてのイタリア機関のinability」によって未だ継続となっている。
(2)1998年7月にマライグ(イギリス)の登録漁船シルバーシーは、デンマークの沿海でドイツの貨物船と衝突、沈没して5人が死亡した。
 MAIBは迅速に一方の調査を終了させたが、この事故についてドイツの審問当局(German Board of Inquiry)の審理が行なわれるまでは(1999年9月まで開く予定がなかった。)、本件の報告を完成させることが出来なかった。(1999年9月まで開く予定がなかった。)
 これらのことは他国の手続を批判するものではなく、国によって異なるシステム及び法制がイギリスの調査完了を遅らせることになっている例を示している。
 この2例は、実質的に利害関係を有する国同士が対等の立場で共同調査をする形態を整えてはいるが、成功例とは言えない。
2 調査協力の実例(USCG及びNTSBの場合)
 2つの実例を示す。
 (1)NTSBの“Marine Accident Report Adopted May 25, 1993”について
 タイトルは“Grounding of the united Kingdom Passenger Vessel RMS Queen Elizabeth 2 near Cuttyhunk Island, Vineyard Sound, Massachusetts, August 7. 1992”であり、そのAppendix A(p.67)には、次の記載がある。
 「本海難は、1974年独立運輸安全委員会法第304条(a)項(1)号(E)に定める権限及びCFR第49巻第850条(USCG・NTSB海難調査)の規定に従い、本安全委員会及び沿岸警備隊が共同で調査を行なった。この際、沿岸警備隊は、国際海事機関(IMO)決議A.637「海難調査への協力」の勧告に従って連合王国に対してこの調査へ参加するよう招請した。この招請によって、2人の連合王国調査官が現場に到着したが、同調査官は、自国の法律が調査中の守秘義務を求めているため、この調査への参加を断った。」
 これは、英米両国の調査手続における法的規制の相違等によって調査への参加が行なわれなかったことを示すものである。
 (2)NTSBの“Marine Accident Report Adopted January13, 1998”について
 タイトルは“Allision of the Liberian freighter Bright Field with the Poydras Street Wharf, riverwalk Marketplace, and New Orleans Hilton Hotel in New Orleans, Louisiana, December 14, 1996”であり、そのAppendix A(p.81)に外国政府代表者の参加を次のように記載している。
 「本海難は、・・・本安全委員会及び沿岸警備隊が共同で調査を行なった。沿岸警備隊は、国際海事機関(IMO)決議A.637「海難調査への協力」の勧告に従ってリベリア政府に対し、この調査に参加するよう招請を行なった。リベリア政府はこれを受け入れ、代表者1人が同調査の全分野に亘って参加をした。」
 上記2例は、いずれもアメリカ領海内での海難で、同国が調査主導国となって、関係国に調査への参加を呼びかけたものである。
3 調査協力の実例(AIBの場合)
 “Finland Investigation Report No.1/1995”について述べる。
 タイトルは“The Grounding of the M/S SILIA EUROPA at Furusund in the Stockholm Archipelago on 13 January 1995”である。
 これは、フィンランドの大型フェリー「シリヤヨーロッパ」が、スウェーデンのストックホルム群島フルソン海峡で乗揚げた事件である。(内容は「第4章フィンランドの海難調査」を参照されたい。)
 
 ここで指摘したいのは、
(1)フィンランドの調査委員会のメンバーに、オブザーバーとしてスウェーデンの事故調査委員会委員、海事庁上席検査官及び水先人の3人が加わっていた。
(2)スウェーデン海事庁ストックホルム海事調査部作成の「シリヤヨーロッパ乗揚事件に関する予備報告書」を証拠に採用した。
(3)ドイツのブレーメンにある航海計器メーカーの工場に調査委員会が出張調査をして入手した文書等を証拠に採用した。
(4)英文で報告書を作成した。
 ということである。
 本件は、フィンランドの調査主導のもと、スウェーデンの関係者がオブザーバーとして調査に参加した事例である。
4 共同調査の実例(AIB及びSHKの場合)
 “The Joint Accident Investigation Commission of Estonia, Finland and Sweden”について述べる。
 タイトルは“Final Report on the Capsizing on 28 September 1994 in the Baltic Sea of the Ro Ro Passenger Vessel MV ESTONIA”(December 1997)である。
 エストニアは、船籍港がエストニア、海難の発生地点がフィンランドの救助分担水域及び乗組員の大部分がスウェーデン人であった。(この報告書についても、「第4章 フィンランドの海難調査」を参照されたい。)
 
 ここで指摘したいのは、
(1)言語上の疑問を解消するため、英文を正本にした。
(2)外交交渉の結果、3か国首相同士の合意で合同調査をすることになった。
(3)各国の調査範囲を決め、それぞれの国法に従って調査し、合同委員会で合意したものを文書化した。(エストニアが乗組員等、フィンランドが救助関係、そしてスウェーデンが船体構造を担当した。)
(4)事実関係については、合同委員会で容易に合意することが出来た。約半年後に中間報告書を、また、最近になって最終報告書を発表した。
 ということである。
 これは、理想的な多国間の共同調査が実現した例であって、特異なケースと言える。
 
 現状でのまとめ
1 北欧においては、 A.849(20)及びA.884(21)を適用して、海難調査の国際協力の努力が始まっている。また、政治、経済、文化等の歴史的な連帯を背景として、外交交渉により、理想的な共同調査が実現した例がある。
2 アメリカ合衆国の領海内で発生した海難については、USCGがIMO A.849(20)及びA.884(21)に基づいて調査主導国として実質的に利害関係を有する国に対して調査への参加を促している。この調査に参加した国はリベリア、パナマの2国である。
 又、英国はQE2の乗揚事件において自国の法律が調査中の守秘義務を求めているため、調査への参加を断っている。
 国際協力の必要性を認めながらも、国連海洋法条約及び各国の国内法の規制、あるいは国益等が優先するなかでの協力が如何に困難であるかを窺わせる事例である。
3 MAIBは、“Annual Report 1998”に記載されているように、1年以内に事故調査報告書を作成することの重要性を強調している。
 また、MAIBは、自国の法律により他国の共同調査への参加を断らざるをえないという状況のもとで国際協力問題を解決する方法は、関係国が早期に事故調査を終了させること及び報告書を作成することにあると述べている。
 このことは、「調査をしない、あるいは調査できない国があるから国際協力の必要があるのであって、各国が的確に調査をすれば、敢えて国際協力を強調する必要はない。」と言っているにように思われる。
 実績として、MAIBは、他国への調査の参加につき、自国が調査主導国になる場合には参加するが、そうでなければ参加していない。
II わが国の対応
 わが国の対応については、(財)海難審判協会平成11年3月刊行「海難審判法研究報告書」に概要が記載してあるが、現在の状況は、修正部分もあるのであらためて概略を掲げる。
 海難審判庁の定めた国際協力の基準は次の通りである。
1 海難審判理事所の対応
(1)「国際海難」(「IMOコード海難」)
 海難審判理事所長は、平成10年度からA.849(20)決議付属のコードに規定する「非常に重大な海難」及び「重大な海難」に相当する海難を認めれば、これを「IMOコード海難」として指定することにした。
 なお、平成13年度から名称を「国際海難」と替えた。
(2)初期情報の通知
 海難審判理事所長は、同海難発生後の早い時期に「初期情報」を旗国及び利害関係各国に提供する。
(3)処理状況の通知
 海難審判庁理事官は、初期情報提供国に対し、審判開始の申立をしたときは、「申立情報」を通知する。
2 高等海難審判庁の対応
(1)英訳裁決要旨の報告
 高等海難審判庁は、裁決言渡があったのち、確定した同海難事件の裁決要旨をIMO事務局に通知し、その写しを旗国に送付する。
3 その他の対応
(1)国際業務室の設置
 平成8年10月高等海難審判庁総務課に国際業務室を設置し、今後の増大する国際関係業務に対処することにした。
(2)審判制度の周知
 高等海難審判庁は、海難審判制度の周知を積極的に行うこととし、MAIIF8の開催に際し、海難審判法関係法令集、海難審判庁のパンフレット(概要)、海難審判庁の現況等を英訳のうえ配布した。{(財)海難審判協会が協力した。}
4 国際海難の実績
 コード海難設定以来の実績は、平成13年8月末現在次の通りである。
 
(1)国際海難の処理状況
 平成13年8月9日現在
年別 発生件数 申立件数 発生から第一審裁決までの処理状況
10年 9件 8件 最短期間 7か月7日
最長期間 1年4か月8日
1年以内:5件
11年 15件 14件 最短期間 8か月22日
最長期間 1年9か月6日(係属中:1件)
1年以内:4件
12年 10件 10件 最短期間 1年1か月18日
最長期間 1年5か月13日(係属中:1件)
1年以内:0件
13年 9件 3件 最短期間 6か月1日(裁決:1件)
(2)平成13年8月末現在の初期情報通知国及びその通知回数
 次の通りである。なお、わが国に調査協力の申し出のあった国はない。
 パナマ26回、韓国23回、中国6回、フィリピン4回、カンボディア3回、ベリーズ2回、キプロス2回、シンガポール2回、ロシア2回、香港2回、マレーシア1回、インド1回、セントビンセント1回、ドイツ1回、ホンジュラス1回、スウェーデン1回
III 国際協力の現状と今後の課題について
 前述の5か国6海難調査機関の情報その他を勘案してみると、各国は、IMOの採択したA.849(20)決議付属書のコードを実際に適用して海難調査の国際協力の努力を行なっているが、その実態は、それぞれの国が抱える事情、即ち、前述したとおり、国連海洋法条約及び各国の国内法の規制、あるいは国益等が優先されているうえに、船籍、発生場所、乗組員の国籍、海難の種類・程度等々により、その都度対応が異なり、しかも調査に長期間を必要としている実態が窺われる。
 IMO決議は、海難調査の国際協力を実施するための具体的な手法を定めようとするものであるが、国連海洋法条約の規定及び各国の法制度との間には矛盾があって、現状はその手法の運用を困難にしているので、これを解決する為には更なる検討が必要であると考える。
 そのためにも、毎年開催されている国際海難調査官会議(MAIIF)は、各国海難調査官の交流、調査技術の向上及び国際協力のための環境を整えるうえでその成果が期待される。
 また、近年わが国領域内で外国船海難が多発していることに鑑み、高等海難審判庁は、調査体制が整備され、調査能力も高い韓国の海難調査機関と実務者会議を開催し、海難調査の連携強化を図っているが、さらに近い将来には、この関係を基に、アジア地域海難調査機関会議の場を活用するなどして他の周辺諸国にも徐々に同様な協力体制整備の輪を広げていくことを期待するものである。
以上








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