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第6章 オランダの海難調査
1 序説
 もともとオランダには、航空、海上、内水路および鉄道の各運輸部門につき個別専門の事故調査機関があり、最近まで、政府運輸省の下で、それぞれの特殊性、専門性という観点から事故調査が行なわれてきた(ただこの間、航空機の事故調査に関しては、いわゆるシカゴ条約第13附属書を受けて、飛行士等の懲戒処分制度を廃止し、また事故調査機関であるCivil Aviation Councilを政府から切り離して自らの調査官による調査体制を確立するという改革があった)。しかし、近年、世界的に運輸の安全に対する思想が大きく変化し、1967年には、アメリカに全輸送分野の事故を統合化して調査を行なう独立・常設の機関としてNTSB(米国家運輸安全委員会)が誕生したのを契機に、カナダ、ニュージーランド、それに近隣のスウェーデン、フィンランドなどが相次いで運輸事故調査システムの改革と取組み、NTSB型に倣った運輸事故調査機関の設立を具体化する動きが現れてきた。
 かかる世界動向の中で、オランダもまた、運輸の安全性向上とそのための運輸事故調査の在るべき姿を求めて真剣に検討が重ねられた。その結果、1993年11月、オランダ下院に運輸の安全に関する動議が提出され、続いて1994年3月28日には、オランダ下院議長に対し新しいDTSB(オランダ運輸安全委員会)構想の概要が示されるに至り、ここで、在来の各運輸部門別の専門機関型を続行するか、それとも新たに運輸の全部門を統合化した単一の調査機関を創設するかで活発な議論が戦わされた。そして1995年2月、運輸大臣から後者の統合単一機関の方向で結論が下されたのを受け、同年9月には設立のプロジェクトがスタートし、その後数年をかけ、各国の事故調査制度の調査、国内法令・国際関係との調整など立法作業が重ねられ、遂に、1998年7月1日、Dutch Transport Safety Board Act: DTSB Act(「オランダ運輸安全委員会法」)が誕生する(1999年7月1日施行)。
 本法については、原語版のほか、政府公式の英語訳版があり、また、下院の1996-1997年会期に提出された本法案の注釈(Explanatory Memorandum)の英語版が発行されている。本稿はそうした英語版資料及び訪問調査の際に入手した若干の資料に基づいて纏めたものであり、文中の用語の表記も基本的に英語で示してある。
2 調査機関
 オランダにおける海難ないし船舶事故の調査機関には、内水船(inland vessel、プレジャーボートを含む。)の事故及びインシデントの調査を行なうオランダ運輸安全委員会(Raad Voor de Transportveiligheid: RVT; Dutch Transport Safety Board: DTSB。以下、DTSB又はBoardという。)と、海上航行船舶(sea-going ship)の事故調査及び船員・水先人等の懲戒審判を行なう海事審判庁(Raad Voor de Scheepvaart: R.VS; Maritime Board of Inquiry:M.B.I)の二つがある。右のほか、海難に犯罪が関係する場合にはさらに警察庁・検察庁による調査が行なわれることになるから、オランダにおいては、海難の発生に伴い三ないし四つの調査機関による調査が同時並行して始動することになる。
 もっとも、右に1998年の法改正により海難調査の現状として述べたオランダ運輸安全委員会(RVT: DTSB)と海事審判庁(RVS: MBI)との二機関にする調査体制は、早くも2002年には改正が予定されており、将来的には、DTSBはすべての船舶事故の調査を行ない、一方、海事審判庁ないしは新設の機関が懲戒審判を担当するというように、事故調査機関と懲戒処分機関とを完全分離することになるとされる。
 DTSBは、1998年「オランダ運輸安全委員会法」(DTSB Act)の制定により、1909年以来“Shipping Court”の名で親しまれ海上航行船舶の事故調査から懲戒審判まで行なってきた海事審判庁(R.VS.: M.B.I.)と、内水船の海難原因調査(懲戒審判の権限はない)を行なってきた内水事故調査委員会(Commissie Binnenvaart Rampenwet; Inland Waterway Disaster Committee又はAccident Commission)の二機関のうち内水事故調査委員会が廃止されることになったのに伴い、新たに、広く運輸の事故すなわち海運のみならず航空、道路、鉄道(さしあたり地下鉄を含む)、地下(例、パイプライン)の事故一般を対象とする常設の独立調査機関として新設された機関である。
 DTSBの任務については、DTSB法の第3条第1項が、「将来の事故又はインシデントを未然に防止するという唯一の目的のため、個々ないし分類別の事故又はインシデントの原因又は推定原因を探究、決定し、かつその調査結果に相当な根拠のある場合には適切な安全勧告をなすべきである。」といい、調査の最終目的は運輸事故の再発防止のための事故原因の究明にあり、決して犯罪や責任を確定するために行なうのではない(s.64参照)、と明言する。
 DTSBは、本部をデン・ハーグ市におく。自体に法人格が認められたいわゆる独立行政法人(independent administrative body)の形態をとる。(s.2)。予算編成上は、運輸・公共事業・水管理省(Transport, Public Works and Water Management。以下、運輸省という)に属する。(s.22)。
 DTSBの核にあたる運輸安全委員会(R.V.D. Transportveiligheid; Transport Safety Board.以下、Boardという。)は、その下に運輸事故調査担当機関として、海運、航空機、鉄道及び自動車(新設)の四つのChamber(DTSBの部門である。調査部とか小委員会とでも訳すべきか)が設置される。(s.4).「組織図」参照。
 Board自体は、委員長を含めて14名以上17名の委員(member)から構成される(2,000年現在、ボードメンバーの数は15名である。ボードメンバーは、各Chamberの委員長及びその他1、2名の委員をもって構成される。(s.10)。なお、DTSB全体の職員数は約80名、その内30名が常勤職員(その内15名が調査官)である)。Boardの下にある4部門のChamber(事故調査委員会)にはそれぞれに委員長を含めて5名以内の委員と、同じく5名以内の予備委員(deputy member)の計10名ずつ、合計で40名の委員がいる。(s.5,6)。予備委員は、事故の特性から特殊な専門家が必要となるときはいつでも本委員と交替して調査の任務につく。しかも注目すべきは、4つのChamberの委員長と委員長代理とでいわば傘状の委員会“Umbrella Board”)が形成されて、各Chamberにいる経験豊かな委員を内部で素早く交換して輸送の安全につき統合的ビジョンを描けるように柔軟で機能的な運用ができる実務体制が作られているということである。
 Board及びChamberの委員(予備委員も同じ。)は、Boardの助言に基づいて女王が任命し、停職、解職する。委員及び予備委員の任期は4年、再任を妨げない。(s.7(1)(3))。委員、予備委員はいかなる命令にも束縛されてはならない。(s.18(1))。また、委員の選任は、Board及びChamberの中において、すべての適切な専門家が入手できるように配慮されなければならないとされる(s.7(2))。すべてがDTSBの最も重要な特質である独立性と専門性を担保せんとする趣意の規定である。Boardの委員の中から女王が委員長1名を任命し(2000年現在、委員長はMr. Pieter van Vollenhovenである)、同様にChamberの委員の中から委員長1名が女王により任命される。Boardの委員長とChamberの委員長の兼務はできない。またBoard及びChamberは各委員の中から委員長代理1名を任命できる。(s.8,9)。委員長は専業、常勤でなければならない。(その他の委員は委員会業務が二次的であってもよい。)Boardの委員長とChamberの委員長とでDTSBの執行部(executive committee)が形成され、DTSBの予算、長期財務計画の作成、財務報告書の提出、それに前年度の活動報告書や年報(調査事件の概要、結論、安全勧告を含む)の作成・配付など業務全般の運営にあたる。(s.20〜27)
 また、DTSBには、以上のような各運輸の事故調査委員会のほか、Board及びChamberの秘書業務を支援する事務組織として、管理(7名)、秘書(4名)、解析(3名)及び上席調査官(15名)の部署を擁する事務局(Bureau)がある(職員総数約30名)。
 事務局はBoardを補助すべきであるとされ(つまりBoardが事務局の雇用者である)、また、各運輸部門に関してChamberが用意した最低1名の専門家についても事務局と連携すべしと規定される。(s.12(1))。
 また、秘書(secretary)は、Boardに付属し、その職務の執行については専らBoardに対してのみ責任を負う。(s.12(1),13(2))。ボードメンバー及びChamberだけではなく、事務局や秘書課についても独立性が保証されているということである。
 なお、DTSBの業務の有効性と効率については、所轄の運輸大臣が、本法施行後3年以内とそれ以後5年毎に評価を行ない、その報告書をオランダ議会に提出せねばならないとされる。(s.89(1))。
3 調査の客体
 DTSBは、船舶(オランダ国防省の用に供される船舶又は外国軍隊の船舶は除く(s.1(2))ほか、航空機、道路、鉄道及びパイプラインなどすべての運輸事故について調査する。DTSBは週7日、昼夜24時間を通して、全運輸領域において発生した事故又はインシデント(incident、−「事故」ではなく、船舶の運航に関連した出来事で、船舶又は人が危険にさらされるか、船舶又は海の環境に甚大な損害を与えるものをいう。−(s.1(1)(o))の通報に対し迅速・的確に対応する態勢を整えており、その膨大な数の運輸事故につき(例えば、道路運送だけでも、1年間の事故件数150万件、死亡1,000人以上、負傷25万人以上の数になるとされる(1999年度))。DTSBは、事故の再発防止という自らが掲げた目的に照らし調査が必要な事故ないしインシデントであるか否かの判断をせねばならない。よって、必ずしも事故の大小だけによって要調査事故が決まるものではない。海難ないし船舶事故(Shipping accident−船舶に関係する出来事で、死亡もしくは重傷又は船舶もしくは海事環境に対し重大な損害を発生させるものをいう。(s.1(1)(i))との関連では、DTSB法が、まずDTSBの担当部署である海難調査委員会が強制的に調査をなし事故原因を探究すべき事故として、[1]オランダの管轄権内にあるヨーロッパの海域を航行する海上航行船舶(sea-going vessel―構造上専ら又は主に海上を浮動することを意図した船舶をいう。(s.1(1)(e))が関係する事故、[2]オランダの管轄権外の海域を航行するオランダ国籍の海上航行船舶が関係する事故、[3]公海上を航行するオランダ国籍の海上航行船舶が外国の国民を死亡、重傷を負わせた事故、又は外国船舶・施設に甚大な損害を与えた事故、[4]オランダの管轄権内にあるヨーロッパの海域を航行する海上航行船舶以外の船舶が関係する事故、と規定する。(s.3)。[1]乃至[3]の海上航行船舶の事故に関しては、調査の申出が相手国により拒否されない限り、当該外国と共同調査が行なわれる。本来、事故調査の要否の決定はBoardが行なうべきところであるが(s.41(1))、上記の事故に関してはBoardの裁量権が制限されることになる。(s.41(2))。ここに調査強制事故として列挙された事故はすべて現行のいわゆるShipping Actすなわち1909年のオランダ商船法に由来するもの及び国際条約(SOLAS 1/2.1 Toremolinos Art.7, MARPOL 73/78, Art.12)により調査が強制されているものである。
 そして、もしDTSBがそうした事故調査の実行を怠ることがある場合には、運輸大臣が、Boardに代わって調査を実施できるものとも規定する。(s.90(1))。すなわち、実際には大臣の命令に基づき運輸省の或る部局又は別の団体により調査が実行されることになる。運輸事故調査の重要性を考慮しての規定であるが、反面、NTSBの重要な要素である独立性に対する干渉ということが危惧されなくもない。したがって、本条の適用は当然に慎重でなければならない。法によれば、大臣がBoardの義務を代行することを決定した場合にはBoardに対し文書でその旨を通知すべきものとされ、またこの決定は官報に公示される旨が規定される。(s.90(2))。
 なお、成立して間がないDTSBではあるが、2000年7月31日、最初の海難調査報告書(ヤマハ製のサーフライダースポーツボート事故(1999年))が公表されている。
4 調査手続
 運輸事故の原因調査が、運輸部門毎に、各別の行政機関の手で行なわれていた時代は、その調査の手続もまた、それぞれの運輸部門に特色のあるものであった。しかし、DTSB法が成立し、運輸の全部門を統合化した単一の調査機関が確立された現在、海運であれ、航空・鉄道であれ、運輸事故調査は、基本的に一つの手続に従って行なわれることとなった。いまこうしたDTSBの事故調査手続を段階に従いそのポイントを示すならば、(a)Boardに対する事故又はインシデントの通報(b)Boardによる要調査の決定(c)調査(d)Chamberによる調査報告書原案の作成(e)安全の欠陥構造及び安全勧告の確定(f)Boardによる最終調査報告書の作成(g)Boardによる最終調査報告書の公表、という手順となる。
(1)調査方式
 DTSBは、オランダの領海及び領海外において発生したすべての海難について、法令上そうした義務を課された者(個人、団体)からの事故報告を通し(s.28)、あるいは現実には海難調査委員会の報告事故に関するネットワークにアクセスすることで、まず事故を認知する(なお、報告事故はBoardから運輸大臣に回送される(s.28(3))。次いで、Boardが調査を行なうべき事故またはインシデントであるかどうかを決定する。(s.41)。ここで調査を実施することが決定された段階で実際の調査開始となり、ここからは海難調査委員会(Chamber for shipping accidents)の義務となる。ただし、この段階でも、例えば調査が複数の調査委員会にわたるような場合には、Boardは何らかの対策を打つべきものとされ(例、二つの調査委員会による合同調査で行なうとか、ある調査委員会の複数の委員を他の調査委員会に加えるとか、場合によっては、事故の調査を外部の機関に外注することを決定することができるなど(s.42(1),(3))、なおもBoardの権限が継続する。(s.63(1),(2)参照)
 Chamberには各5名の委員と予備委員(4つのChamberで、合計40名)がおり、調査官(investigator)の資格を有して調査に関わる。もっとも実際には、調査業務の多くはBoardの事務局(Bureau)によって執行される。すなわち、事務局のスタッフにはChamberの委員と同様の調査官の資格権限を有する者がいて調査業務を補助、実施し(s.12(2))、さらに、運輸大臣がBoardの要請に基づいて特殊な調査を抱えているChamberを支援すべくDTSBの外部から職権で指名し集めた専門家が調査に加わるという支援協力体制が敷かれている。(s.14.33)。したがって、海難の調査の場合も、海難調査委員会の指示を仰ぎつつまず最初はBoardの事務局によって任命された調査官により着手され、その後調査の進行に従い調査を援助するため運輸省などDTSBの外部の者(例、運輸省の船舶検査官)が召集され、さらにまた運輸大臣が指名した専門家が調査チームに加わるなどして実施される。
 重大な事故ないしインシデントが発生すると、直ちにそうした形で調査チームが編成され、事故現場に急行し、現地でBoardが発行した身分証明書を交付され、調査を実行する。
 調査官の権限(義務)については法律上詳細に規定される。(s.34〜39)。調査官は事故又はインシデントの原因を証明するに必要な一切の情報を収集し、また情報提供を要求できる広い権限が保証されている。調査官は、事故現場にアクセスし証人と面接して情報を聞き出したり、船舶内に立入りレーダー映像、速度グラフなどの証拠物件をコピーしたり、別の場所でコピーするために一時的に取り外したり持出すなどして調査をする。証人又は専門家を尋問する必要がある場合には、調査官が属するChamberの委員長が聴聞会期日の少なくとも2週間前に令状を送達して召喚することができ、召喚された者はChamberに出頭する義務がある。(s.53)。不出頭には罰金が課される。(s.87(1))。
 なお、調査官は、自己又は4親等内の親族又は姻族が関係する事件、及び自己が関与する団体、法人が関係する事件については調査に加わることができないとされている。(s.15(1)18(2),(3))。
(2)犯罪捜査との関係
 海難その他の運輸事故に「犯罪」が絡む疑いのある場合には、(1)で述べたDTSBによる事故調査のほかに、警察、検察により犯罪捜査が行なわれる。この場合、事故又はインシデントの原因究明を唯一の任務とするDTSBと、犯罪捜査機関である警察・検察とは、調査の狙いが異なるから、双方の機関はそれぞれ独自の調査を実施し、かつそれにつき責任を負うことになる。しかし、そこには、同一の事故につき複数の調査機関が競合する結果、相互の関係、すなわち調査の協力関係の問題が生ずることは避けられない。この点、上述のようにDTSBの調査権限は極めて制限されたものであり、Boardの調査官は司法当局又は警察と協同で調査を進めることにはそもそも関心はない。そこでDTSB法は、両機関間の関係について以下のような調整をしている。まず、法は、第64条で、Boardによって纏められる調査報告書中で提示される安全勧告は事故又はインシデントに関する非難もしくは責任を推測されるものを含めてはならないとし(s.64)、また、より具体的には、第72条(1)項で、運輸大臣は、DTSBの助言を受けかつ法務大臣と協議して、DTSB、検察庁、警察庁及び地方警察庁との間の協力(cooperation)に関する規則を定める必要があると規定する。(s.72(1))。実務上は、警察や検察はその調査の進行をBoardに知らせており、また警察庁はもし可能ならば彼らの専門的な調査にBoardの調査手続を取り入れるとされる。また警察及び検察はいかなる押収資料もそれにつきBoardが何らかの関心を示す場合は可及的速やかに解放することが保証されているとのことであるし、Boardの調査官は、犯罪捜査を通じ取り調べ又は尋問(interrogations or examination)の公式報告書にアクセスすることもできるというように、警察、検察はDTSBの調査を可能な範囲で妨げないようにし、Boardへの協力を約束している。これに対し、DTSBの方は、警察又は検察に対して極めてわずかな場合(例、誤殺、謀殺といった重大犯罪のケース)のみしか情報を解放していない。およそ事故に関し罪責又は責任に一切関心がなく、単純に再発の防止のみを目的に原因の解明と取り組む[1]DTSBの事故調査においてなされた個人の供述(statements)、[2]事故又はインシデントに関わった者に行なわれた調査との関係で証明された医療情報又は個人情報、[3]調査中の船舶など輸送手段の運転に関わった者同志の情報伝達(communication)で調査との関係で記録されたもの、[4]調査の実施範囲内で発表された意見(opinion)、それに、[5]航空機事故で有名なフライトレコーダー、コックピットボイスレコーダーなどから得たデーター、などについては、裁判手続において証拠として使用されることはできないと規定される。(s.74(1)(a)〜(e))。独立性、公正性が神髄のDTSBが、たとえ間接的であれ罪責又は責任の当事者の同一性の確認に繋がりうる収集情報に関心をもつことがないよう考慮した規定といえる。
(3)調査報告書・安全勧告
 次に、調査が終了した段階で、Chamberにより事故調査報告書(原案)が作成される。報告書は、[1]事故又はインシデントの解析並びにその解析の基礎となるデーター、[2]事故又はインシデントの原因ないし推定原因(probable cause)の結論と確証を含み、また考えられる構造上の安全性の欠陥に関する記録を報告書に含めることもできる。(s.57(2))。この報告書及びそれを証明する書類は非公開である。(s.58(4))。
 報告書は、Boardに提出され、またChamberが聴聞を行なわなかった場合には関係者に対しても送付しなければならない。関係者は送付を受けた日から30日以内であれば書面で報告書に対する批評を提出し訂正を求め得る。(s.58)。報告書を受けたBoardは、Chamberと協議して、Chamberの報告書が構造的安全性の欠陥を指摘したものでありかつ安全勧告をする十分な根拠があるものかどうかを検討し(s.59(1))、そうであれば、Boardは安全性を高めるために勧告を決定し、Chamberと協議の上で安全勧告の内容を決めることになる。次いで、Boardは、最終調査報告書(Final Report)を決定する。(s.59(2))。最終報告書の発表は事故又はインシデントの発生時から1年以内を目標とされている。(s.62)。最終報告書は、原則として公表しなければならず、またBoardは必ずその写しを所轄大臣、関係の行政機関及び関係者に対し送付しなければならない。(s.63(1)(2))。
 なお、海上航行船舶の事故又はインシデントの場合には、Boardが最終報告書の原案を重大な利害関係のあるすべての国に送付し、30日以内又は合意期間内でできるだけ早く批評を提出してもらうようにし、もし受け取った批評に十分な理由があればChamber及びBoardはそれぞれ報告書又は最終報告書を訂正することになるし、訂正の必要がなければその批評を最終報告書の付録に付記することとされる。(s.61(1),(2))。
 Boardは、完成した最終報告書の写しを国際海事機関(IMO)に対して送付しなければならない。(s.63(4))。
 次に、以上の事故調査報告書の作成に関連して、Boardは報告書の中で安全勧告(Safety Recommendation)を発する(s.3)。
 安全勧告は、Boardの使命である事故又はインシデントの原因・推定原因を究明し事故再発防止に連繋するものであるから、そこには、事故・インシデントに関する非難又は責任について推測を産み出すものがあってはならない。(s.64)。安全勧告は、運輸大臣に対して提示されるほか、関係する省庁、市町村団体などの行政機関や会社(例、造船会社、船舶デザイナー)に対しても直接に提示される。(s.63(2)参照)。従来の事故調査機関の下では所管の運輸省に対してのみ送付されていたのと異なる点である。
 安全勧告が発せられた行政機関又はそれ以外の会社等は、1年以内に、勧告をどう遵守し、若しくは遵守するつもりかについて、運輸省以外の行政機関の場合は運輸大臣に対し、また会社等の場合はBoardに対して報告しなければならない。(s.6970(1))。報告の懈怠に対しては罰金が課せられる。(s.87)。運輸省は、常に安全勧告が適切に遵守されているかどうかを検査し、また、さらにそれ以外の方策が必要かどうかを検討しなければならない。(s.70(2))。
 なお、調査が終了した後、新たな事実が表面化し、それが最終調査報告書に書かれた結論又は安全勧告に重要な関連性をもつことが明らかになった場合には、Boardは再調査の開始を決定しなければならない。Boardはこの調査の再開の決定について運輸大臣に通知する。(s.66)。
5 懲戒審判
 海難に関連して過失のあった船員又は水先人に対する懲戒処分はDTSBの業務ではない。事故又はインシデントの原因を探究し、そこから得た教訓を公表して事故の再発防止に努めることを最大唯一の目的とするDTSBの使命に則しないからである。かかる手続は海事審判庁(R.V.S: MBI)が行なう。(2002年に改正が予定される。)
 海事審判庁は、1909年7月1日のMerchant Shipping Actに基づいて創設され、港都アムステルダムに所在する。現在は運輸省に属する行政機関であり、オランダ及び北アンティル島の事務所に約50名の検査官がいる。
 海事審判庁は、審判長、審判長代理(以上すべて裁判官)、2名の常勤の審判官、及び3名又はそれ以上の専門家の審判官をもって構成される。
 懲戒審判は、運輸省の下にある船舶及び海事業務部門の長官所管局の一つであるオランダ船舶検査局(Shipping Inspection: SI)の海難調査部(Casualty Investgation Department)の検査官が、まず予備調査(非公開である)を行なう。船舶検査局は、乗船し、証言を強要し、また調査のために必要な書類・装備品等を押収する権限を有しており、そうした当局の主導の下で、警察の協力も得ながら予備調査が実施される。
 そしてその調査結果と調査書類は、公聴会(public hearing)を行なうべきか否か、被告、証人又は“技術”専門家として誰を召喚するかについての勧告とともに海事審判庁に提出される。
 これを受け、海事審判庁の海難調査部(委員長と2名の委員から構成される)は、非犯罪行為(犯罪行為に関する調査は警察、検察の所管である)について調査に当たり、公聴会を開くべきかどうか、証人や当事者として誰を出席させるべきかを決定した上で審判手続に入る(1997年には、海事審判庁は約125件のうち約40件の調査を行ない、そのうち15件の懲戒が行なわれた)。
 海事審判庁の聴聞(hearing)は特別の場合を除き、一般に公開の形で行なわれる。
 被告は、弁護士を同伴することができ、聴聞の前に記録を見ることができる。聴聞の過程で、海事審判庁が証人又はその他の者を被告として加えるべきであると決定した場合は、聴聞を延期し、審判長が定めた日に再開される。海事審判庁は、実際にはオランダの民事法廷の通常の規則に従うことになるが、いかなる手続、規則にも拘束されない。以下に、この懲戒審判手続の進行に従いながらいくつかのポイントを挙げてみる。
 証人の証言は宣誓(oath)の下で行なわれる。被告の親戚者は質問に対し回答拒否権を有する。審判長は、以前の供述(previous statement)が取り消されないこと、また被告が異ったことを供述できることを確認する。審判長、審判官及び海難調査部長はさらに進んだ質問をする。被告は他の者からの証拠の提出を要求することができる。最後供述書が被告に読み聞かされ、被告はこれに署名しなければならない。すべての召喚された者が証拠を提出した時に、海難調査部長はこの事件を要約し、懲戒処分をなすべきか否か、またどのような処分にすべきかに関する彼の意見を審判庁に助言するために召かれる。この際に、弁護人は、もしあれば、彼の意見を述べることができる。そして聴聞が終了したところで、海事審判庁は口頭又は文書で決定を下す。審判庁はその裁決書の中に意見又は特別な勧告を含めることができる。懲戒処分の種類は、海技免状の取消、停止、戒告の3種類であり、実際の事件では最大2年間の免状停止の例もある。懲戒の執行は、海技免状の発給機関である船舶検査部によって行なわれる。こうして下された海事審判庁の裁決に対し上訴することはできない。ただし、新たな証拠が発見された場合に限り女王に対し減刑を請願することができる。この場合、女王は審判長に意見を聞いた上でその決定を下す。
6 国際協力
 海運及び航空については、その国際的性格上、事故調査は自ずと国際的規模のものとなるから、調査の協同は国際レベルで必要となる。そこで、新しいDTSBには、関係する外国が許可すればDTSBが他国による調査に参加することができる旨が規定され(s.80(1))、他方、他国の要請に応じて、DTSBが自らの調査に他国の権限ある代表者の参加を認め、あるいは、他国に対しそうした参加要請をすることができるとも規定して(s.45)、事故調査の国際協力の重要性を明らかにする。また、DTSB法には、特にいわゆるシカゴ条約すなわち国際民間航空条約の第13付属書や欧州指令EU Directive 94/95など国際協定が存在する航空機事故の場合については、「国外調査」と表題した章建がなされ調査情報提供の協力などにつき詳細な規定がおかれる。(Chap.8,s.75〜86)。 海難ないし船舶事故との関係では、まず運輸大臣に、オランダの管轄下にあるヨーロッパの海域にある海上航行船舶が関係する事故又はインシデントに関する通報を可及的速やかにその船舶の旗国に対し報告し、かつそれについてオランダがなしうる行為を通知する義務が規定される。(s.30)。DTSBが海上航行船舶に対して強制的な調査を義務づけられている(s.3(3))ことの関連で、Boardは調査を開始する場合、重大な利害関係を有する国に対して速やかにその報告をすべき旨が規定され(s.44)、また、国際海事機関(IMO)との関係で、海上航行船舶による事故又はインシデントの場合、運輸大臣の要請に基づいて、国際海事機関に報告するために必要なすべての情報を提出しなければならないと規定される。(s.68)
 なお、1999年の発足になるDTSBについては、2000年現在、海難に関する国際協力の実例はない。
以上
DTSB organization
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(参考資料)
1 Law of 1 July 1998 establishing the TSBA (英文)
2 Lower House of the Stales General Session, 1996- 1997 Transport Safety Board Act
3 Dutch Transport Safety Board Brochure 2000
4 RAPPORT (Dodelijk ongeval met een sportboot op de Waddenzee en daarop volgeende Search and Rescue Operatie)
5 海難審判制度の研究(森清 昭和43年中央大学出版部)第2編第2節「オランダの制度」
以上
(重田晴生委員執筆)








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