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第4章 フィンランドの海難調査
I 序説
 フィンランドの海難調査の状況を理解する前提として、同国の法制度等の概略を知る必要があり、それを「まえがき」として示すことができればよいと考えるが、適当な資料がない。よって、ここではフィンランドの国情を述べて序説とする。
 フィンランドは、北欧に立地し(アイスランドに次ぐ世界最北地にある。)、東部をロシア、北部をスウェーデン及びノルウェーと国境を接し、西部にバルト海、南部にフィンランド湾及びボスニア湾を控えており、北欧4か国中唯一の共和国(英語で“Republic of Finland”、フィンランド語で“Suomen Tasavalta”という。)である。
 フィンランドは、永らくスウェーデンの統治下にあったが、1809年にロシアに割譲され、同国の自治大公国となっていたところ、ロシア革命の直後にあたる1917年12月6日に共和制を標榜して独立し、ロシア臨時政府によって承認されたことから、他の国々も承認するところとなり、1919年に憲法(政体法)を制定して共和国となり、1955年に国際連合(United Nations)に加盟し、1995年には欧州連合(European Union)に加盟して今日にいたっている。
 国土面積は338,145km2、人口は5,171,302人(1999年)で、人口密度は17人/km2であり、都市在住者が64.4%(1995年)を占め、首府はヘルシンキ(人口:546,317人)である。公用語はフィンランド語及びスウェーデン語となっており、主要宗教は新教でその86%がルーテル派である。
 1院制の議会(議員数200人、任期4年)が立法権を持ち、行政権の最高責任は、直接国民投票で選出される大統領(タルヤ・ハロネン Tarja Halonen、2000年3月1日に就任した。)並びに政党間の協議を経て議会が指名する首相及び首相が選び大統領が承認する17閣僚による内閣にある(2000年の憲法改正で大統領の権限が縮小した。)。
 政府は、中央行政機関として総理府のほか12の省(財務、外務、内務、防衛、法務、文部、農林、運輸通信、通産、厚生、労働、環境)を置き、地方を5州(南フィンランド州、西フィンランド州、東フィンランド州、オウル州及びラップランド州)及びオーランド自治州とし、5州は大統領の任命する知事を長とする行政組織によって治め、オーランド自治州は、歴史的な理由で特別な地位にあり、広範な自治を認めている。
 司法権は、一般裁判所として地方裁判所(66か所)、控訴裁判所(6か所)及び最高裁判所、行政法事案についての地域行政裁判所(8か所)及び最高裁判所並びに保険、売買、労働、拘置、弾劾等の特別裁判所(近年になっていくつかの特別裁判所が廃止されている。)が司っており、各判事は大統領が任命し、有罪判決等の場合を除いて解任されず、定年は67歳である。司法相が最高検察官を務めている。
 最後に、船舶関係の数字(1999年の国連統計)を並べておく。
 商船(1,000総トン以上):第19位、199隻、1,540千総トン
 漁船(100総トン以上):第50位以下(数字が出ていない。)
 なお、以下の文章のなかの英文は、訪問調査の際にフィンランド事故調査機関から手交された英文書(法令の英訳、英文調査報告書等)中にあるものを使用している。
II 調査の主体及び客体
 フィンランドの現在ある事故調査制度は、1970年代に開始した航空事故の調査に端を発しているが、航空事故以外の事故にもこの制度を行なうことにしたのは、1985年に重大事故調査法を制定したことに始まる。それは、アメリカが1967年に創設した国家運輸安全委員会(NTSB)に範をとっている。フィンランドは、重大事故調査法に基づいて、内閣が指定する重大事故につき、その都度調査委員会を組織して調査するという体制をとった後、調査対象を拡大し、関係機関を整備して今日にいたっている。その経緯は次の表の通りである。
 
年月日 記事
1985.05.03 重大事故調査法(Investigation of Major Accidents Act;1985/373)の制定
1985.09.13 重大事故調査政令(Investigation of Major Accidents Decree;1985/759)の制定
1986.01.01 重大事故調査法による重大事故の調査開始
1994.09.28 機船エストニア転覆(同月29日エストニア・フィンランド・スウェーデン共同事故調査委員会設置)
1995.03.03 重大事故調査法の一部改正(1995/282)
(事故調査法(L onnettomuuksien tutkinnasta=Investigation of Accidents Act)と改称、事故調査局(Onnettomuustutkintakeskus=Accident Investigation Board)の設置並びに調査対象を重大事故のほか航空及び鉄道交通の各事故及びインシデント並びに重大インシデントに拡大)
1996.02.12 事故調査政令(A onnettomuuksien tutkinnasta=Investigation of Accidents Decree;1996/79)の制定
1996.03.01 事故調査政令の発効(重大事故調査政令の廃止)
1997.01.31 事故調査法の一部改正(1997/97)及び事故調査政令の一部改正(1997/99)
(調査対象を水上交通事故及びインシデントにも拡大)(同年3月1日発効)
1999.05.02 事故調査法の一部改正(1999/623)(同年12月1日発効)
(第18条を廃止し、政府業務開示法(1999/621)を適用)
 
 すなわち、フィンランドでは、1995年に至って重大事故調査法を改正し、名称を事故調査法として重大事故以外の航空の事故及びインシデント、鉄道交通の事故及びインシデント並びに重大インシデントをも調査することにするとともに事故調査局を設置して事故調査体制を整え、又、1997年にはそれまではフィンランド海事庁(Finnish Maritime Administration; FMA。以下「海事庁」という。)が行なっていた重大事故以外の水上交通の事故及びインシデント(海難及び河川湖沼の船舶事故を総称する。)も同法によって調査することにして現在に至っているのである。(「V 懲戒制度(海技資格に対する懲戒等の処分)」を参照のこと。)
 なお、守秘義務を規定した事故調査法第18条に替わって、1999年末に政府業務開示法(1999/621)が適用された。このことに関しては後述する。
 (以下、法令の表示において、事故調査法を「法」、事故調査政令を「令」と略記する。)
2 事故調査の主体
 事故調査の主体となっている政府機関は、AIB、すなわち事故調査局(Onnettomuustutkintakeskus=Accident Investigation Board)である。(以下「AIB」という。)
 Onnettomuustutkintakeskusは、keskusが「中心」であるから、事故検査センターとも訳される。BoardはCenterとすべきかもしれないという。
 AIBの組織等は次の通りである。
(1)所管
 法務省(Ministry of Justice)の所管であるが、事故調査対象の多くが運輸関係であるところから、調査の独立性は関係運輸行政機関が保証しているという。
(2)組織
 定員は10人で、内閣(Council of State)が任命する局長(Director)(令2,3条)によって統べられており、3人(Administrative director, Secretary of department, Office secretary)で構成する事務部門(Administration)の他、調査官が各2人の航空事故部門(Aviation Accidents、Chief air accident investigator及びAircraft accident investigator)、鉄道事故部門(Rail Accidents、Chief rail accident investigator及びRail accident investigator)及び海事事故部門(Maritime Accidents、Chief accident investigator及びMaritime accident investigator)に分かれている。その外に250人を限度とする非常勤の専門調査員(Expert)がいる。
 Administrative directorは局長の次位とされる。
 組織図を参照されたい。
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(3)機能
 AIBは、法務省と連携して業務を行なう(法5条)ものとし、その内容を次の3種類と定めている。
[1] 事故の調査
[2] 事故調査の一般的組織化
[3] 計画及び訓練
(4)具体的業務
 (3)に関連して事故調査政令(令6条)に次の規定を置いている。
[1] 迅速な調査開始のための準備維持
[2] 事故調査状況表の維持
[3] 調査委員会のために適切な人材であるための訓練
[4] 一般的調査実務用手引きの発行
[5] 調査経費の監督
[6] 調査報告書刊行の保証
[7] 国際協力の確保
(5)事故対応態勢
 24時間の受付を行なっているという。
 AIBは、その業務、特に(3)の[1]及び事故対応態勢から見て、事故調査のセンターという機能を果たしているということができる。
3 対象事故及び調査目的
(1)対象事故
 次の5種類に分類されている。
[1] 重大事故(serious accidents 法1条)
[2] 重大インシデント(serious incidents 法2条、令13条)
[3] 航空の事故及びインシデント(accidents and incidents in aviation 法1、2、5条)
[4] 鉄道交通の事故及びインシデント(accidents and incidents in rail traffic 法1、2、5条)
[5] 水上交通の事故及びインシデント(accidents and incidents in watertraffic 法1、2、5条)
 調査対象となる事故のうち、重大事故とは、死傷者の数、環境又は財産に生じた損害の規模若しくは事故の性質によって特に重大とみなされる事故をいう(法3条)。したがって、特定産業(ここでは運輸業である。)の事故に限定されるものではない。又、重大インシデントは、重大事故になるおそれのあるインシデント(an incident involving the risk of a serious accident)を指す(令13条)。
 インシデントについては、明らかに法第1条に規定する事故になるおそれがある場合(if there has been an evident risk of an accident referred to in section 1)と規定されている(法2条)。
(2)調査目的
 調査の目的は、一般的安全の改善及び事故の防止である(法1条)と規定する。
 なお、調査報告書の内表紙の下部には、「事故調査及び調査報告書の目的は、責任を決定し、又は非難を配分することではない。」と記載してある。
III 調査の実施機関
 調査をする機関は、事故の規模によって3種に分けられている。
1 3種の事故調査の経路及び調査機関の構成
(1)重大事故(法5条、令14、15、16条)
 重大事故は、AIBから法務省を経由して内閣に伝えられ、内閣は重大事故と認めると「重大事故調査委員会」(Major Accident Investigation Commission)を組織する。
 重大事故調査委員会の構成は次の通りである。
 委員長、副委員長、委員(必要な人数)及び専門調査員(必要な人数)
(2)その他の事故(法5条、令15、16条)
 重大インシデント並びに航空、鉄道交通及び水上交通の各事故及びインシデントは、AIBが必要を認めて「事故調査委員会」(Accident Investigation Commission)を組織する。
 その構成は必要に応じて副委員長を置く点が(1)と異なっている。
 委員長、(副委員長)、委員(必要な人数)及び専門調査員(必要な人数)
(3)事故{(1)及び(2)を除く}(令17条)
 事故調査委員会の組織されない事故は、AIBの規定するところにしたがってAIB(=公務員)が調査する(Investigation by Civil Servants)。(詳細は不明である。)
2 調査事項
 事故調査法において、調査する事項を次のように規定している(法4条)。
(1)調査では先ず次の4項目を明らかにする。
[1] 事故の経過(course of the accident)
[2] 原因(causes)
[3] 結果(consequences)
[4] 捜索及び救助活動(search and rescue operations)
(2)装置又は施設について、第1に安全上の要請に十分な注意が払われたかを次の3項目について明らかにする。
[1] 設計(design)
[2] 施工(preparation)
[3] 構造(construction)
[4] 取扱(use)
(3)装置又は施設について、第2に適切な準備及び方法で行なわれたかを次の2項目について明らかにする。
[1] 監督(supervision)
[2] 検査(inspection)
(4)必要な場合、安全に関する規則及び命令の欠陥の有無を明らかにする。(1)から(4)までが調査事項である。これらの殆どは、当然的な調査事項であるが、(1)の[4]の「捜索及び救助活動」及び(2)の[1]の「設計」が調査事項として明示されているところに特長があると思う。
3 調査上の権限等
 調査機関が調査を円滑に行なうために必要な権限等については、次の通り規定している。
(1)AIB
[1] 調査開始義務(調査委員会が組織されれば委員会に移る。)(法6条)
[2] 調査開始及び終了の通知義務(令9条)
(2)調査委員会
[1] 調査を警察と協力して行なうことができる。(法8条)
[2] 現場での権限(入域、調査、保全、物件移動、移動禁止、撤去禁止)(法9条)
[3] 物件検査及び文書精通の権限(法10条)
[4] 質問権(法11条)
[5] 裁判所からの行政協力(証人及び鑑定人の質問、文書又は物件の提出命令)(法12条)
[6] その他の行政協力(必要な要請の実施等、情報の提供)(法13、14条)
 なお、調査は非公開で行なわれる。公聴会は行なわれない。関係者は全て調査に参加することができるので不要という考え方である。但し、調査委員会は、調査の過程で、事故関係者に対して調査経過の情報提供及び事実関係についての意見聴取の機会提供をしなければならない(令19条)とされる。この場合、事故関係者の中に労働組合の代表者が加わっていることが、特長的なこととして指摘できよう。
 又、調査に関し、警察又は裁判所の協力を予定していることは、AIBの法務省との関係からも窺えるのであるが、特長の一つであろう。
(3)事故調査に関する守秘義務
 このことに関わる法第18条が廃止され、替わって「政府業務開示法(1999/621)」が適用になっている。訪問調査の際に、「文書の開示(Disclosure of documents)」と題する次の資料を入手した。
「文書の開示 追加情報
 フィンランドの公文書は無条件で公開されなければならない。したがって、調査のために収集された文書についても、守秘義務があるのは制限された範囲でだけである。
 公開される公文書は、誰にでも入手する権利がある。当事者となった場合は、事実を考える上で必要であるか、又は必要と思われるとき、一定の条件付きで、公開されない文書の内容を知ることができる。
 政府業務開示法(1999年5月21日第621号)は、事故調査について次の通り規定している。
 「第24条 公文書の秘密
 次の公文書は、無条件で秘密にするものとする。
 ・・・
8) 事故及び緊急の事態、民間防衛並びに事故調査のための準備に関する文書。但し、入手の許可が公務遂行の目的上必要であるかどうかに拘らず、入手が、安全、民間防衛の実現又は緊急事態のための準備を侵害又は危険にさらす、事故の調査を危険にさらす、犠牲者の権利又は追悼を邪魔する、若しくは関係者の困窮する原因となるおそれがある場合とする。」
 国際的性格を有する調査に関する次の情報は、秘密にして置くことができる。(第24条):
「(2)第1号に規定する文書以外のフィンランドと外国又は国際機関との関係に関する文書、国際司法裁判所、国際調査機関又はその他の国際研究機関において未確定になっている事項に関する文書、並びにフィンランド共和国、フィンランド国民、フィンランド在住者又は権限を持ってフィンランドで活動する団体、外国人又は外国の団体の文書。但し、それらの文書を入手することがフィンランドの国際関係又は国際協力に関する能力に損害を与え、又は妨害することになる場合とする。」
 航空機操縦室音声記録装置について。記録のうち、調査のため重要な部分は文書化することになろう。その文書化されたものは公文書である。事故調査局は、音声の記録をそのまま保管することはない。
 FDRの記録又はその読み出しには守秘義務がない。
 調査機関が個人から得た供述調書は公開される。守秘義務のある部分があれば、それを除いて公開される。文書の一部だけが秘密である場合、その他の部分は公開を請求することができる。調査官の作業ノートは公開されない。
 インシデントに関わる個人の医療又は私的情報は保護される。しかし、誰にでも、一定の条件付きで、公文書及びその関係物件に含まれる情報を請求する権利がある。」
(4)その他の規定
 調査委員会の委員及び専門調査員の欠格の規定がある(法7条)。このなかに親族についての規定があり、配偶者に関して婚約者及び事実上の婚姻関係者を含む点に日本との相違があるようであるが、6親等内の血族及び3親等内の姻族をその範囲としており、ほぼ同じといえよう。
 また、調査委員会の委員及び専門調査員並びに質問を受けた者は、内閣の定める報酬等が支給され、調査に関する措置によって生じた損失に対しては、国庫から全額補償される(法20条)。
 調査委員会の委員及び専門調査員の職務は、臨時の職務である。したがって、それを行なう者は、平素には公務又は民間業務を行なっており、そのような者に対し、調査委員会の職務を遂行させるためには、相当の対策が必要である。前述の報酬等の支給もその一環である。その外に、委員となる公務員につき、公務からの免除を規定している(法19条)。








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