子どもの出すサイン
息子が体の不調を訴え始めたのは、小学6年生の冬にさしかかる頃でした。1カ月前ぐらいから徐々に体調が悪くなり、それと同時に「イヤなことをされる」という言葉が出てくるようになりました。以前にも同じようなことがあったので担任に相談、両者を話し合わせて解決したようでした。ところが1カ月後に再度、同じ訴えと体調の悪化が起きてきたのです。
再び担任に相談しましたが、行き渋りも始まり、途方にくれて校長や保健室の先生などにも相談するようになりました。学校側は、登校させるべきという強い姿勢でした。登校してしまえば、元気でやっている。入室を進めれば教室へ入るので、クラスに問題はないという判断でした。私は不安を抱きながら、息子の登校を促していました。
ある朝、息子は突然発作状態になり、私はぼう然となりなす術を失いました。全身が震え、泣き呻き、それをどうしてやることもできず、共に泣きました。私は、「命が危ない!」と直感しました。あれほど「足が変だ」「歩けない」と訴え、胃液が出るほど吐く。そして激しい頭痛、腹痛、下痢。
子どもは、たくさんのサインを出していたのに、だれひとりわかってやろうとしなかったのです。むしろ、逆のことを強いていたのでは。親が何度もその症状ついて相談しても、「甘えている」の言葉しか返ってきませんでした。
私は地元を捨て、相談先を札幌で探しまわりました。そして、天使病院小児科外来が良いと聞き受診。カルテに「登校拒否」と記され、やっと納得がいきました。家庭では子どもにどう対応したらよいか、親の心のありようなど、カウンセリングの中で教えられました。子どもを自由にすることで、重い身体症状は2、3カ月のうちに消えていきましたが、本人の内面の苦しみはむしろ始まったと言えるでしょう。
中学校からの働きかけ
学校に行かなくなって3カ月後、小学校の卒業式も中学校の入学式も出席せず、自宅で静かに生活を送っていました。中学校には、事前にお願いして話し合いをもちました。小学校での経緯と、本人自身が登校を望むまで待つつもりであること等を伝え、協力を依頼しました。
これが、3年間同じ担任という異例の措置と、最良の結果を生むことになったのです。