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つまり、死ぬことが分かっているのにどうして生きていけるのか、そのことの意昧や根拠を考えるのが文学部の仕事だということです。私は文学部にずっといて哲学をやっているので、「そのように考えたら、自分のやっていることの意味もわかりやすいし、人に通じるのか」と思いました。

人間というのは、ただ生きているだけではなくて、生きていることの意味を考えながらでしか生きられない生き物です。しかもその意味というのは、答えがうまく見つからない、最後までその答えが探し当てられないことが非常に多く、そういう問いにいつも巻きまれながら生きているわけです。

そういう意味では、生きていることの意昧とか、本当に生きることが死ぬことよりも幸福なことなのか、死というものは私にとっていったいどういう意味があるのかとか、また、人は誰かを本当に愛することができるのかという、ある意味では哲学的な問題に、ケアの現場、とくに看護や介護をしている人たちは日常的に触れておられるのです。

ふたつめの難しさは、苦しければ苦しいほど人は黙り込む、口を閉ざすということです。

ケアには、「聴く」ということで、そもそも言葉をもらえるかどうかという問題があります。苦しいことは忘れたいし、思い出したくもないことです。また、本当に自分にとって大事なことは誤解されたくないし、違うように取られたくないから簡単には口にできない場合もあります。

これについて、シモーヌ・ヴェイユという20世紀の女性の哲学者が、次のように語っています。

「不幸の中で人間の思考は逃げることを欲する。自らを傷つける不幸を眺めることを欲しない。つまり苦しみの中にあるとき人は言葉で訴えるどころか、逆に言葉を失っていく。いや、あらゆる不幸から脱したいという気持ちそのものが消えていく」

つまり、苦しみの中にあるときには、言葉をむしろ失っていく、苦しみから脱したいという気持ちすらも失っていくと言っているのです。

 

 

 

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