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特に、苦しんだり悩んだりしている人にとっては、うまく言葉にならないときもあります。いやなことや苦しいことは忘れたいもので、触れたくないものです。そういう人から何かを聴くときに、せっかく、そっとこぼれ落ちかけた言葉を横取りしてしまったり、自分がわかるストーリーにねじ曲げてしまったりしてしまいます。すると、やっと言葉が出かけた人は、たいてい「ちょっと違うな」「何か違うな」と感じて、せっかく出かけた言葉を飲み込んでしまいます。

相手のことを理解するというのは、その人がつぶやいたことの意味を理解するとか、自分に理解できるものに解釈するということではなく、むしろ、本当に相手が分かるというのは、「違いが分かる」ということではないでしょうか。つまり同じ人間なのに同じことを目の前にしてどうしてここまで感じ方が違うのか、その細部が徐々に少しずつ分かってくるということだと思います。

そして、「相手はこういう点で自分とは違うんだ」、「この人はこういうふうに感じるんだ」と知ることは、自分に対して「相手とは違う感じ方なんだ」「これもひとつの感じ方でしかないんだ」と、自分を相対化して知ることでもあります。

他人を理解するというのは、決して同じ考え、同じ思いや感じ方になるということではなく、むしろ自分と相手とのものの感じ方や、存在の仕方自体の違いが突き付けられることではないでしょうか。そのうえで、「そういう感じ方もやはりある」と受け入れるということが本当の意味で理解することなのではないかと思います。

 

3 苦しみを聴く 〜答えのない問いの前で〜

自分の中に苦しみを抱え込んでいる人の話を聴く場合には、もっと難しい問題があります。

ひとつは、ケアの現場の中で発せられる問いには、誰も答えが出せないような問いが多いということです。たとえば末期の患者さんがおられる施設で、こんなつぶやきが出てくるとします。

 

 

 

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