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私もFさんとは長いおつきあいだから、Fさんの呆けの症状が徐々に進行したことを知っているが、私にとってFさんは、ずうっと素敵な、大切な方だ。

「私の名前や、会を一緒にやってきたこともすっかり忘れちゃっているけど、Fさんが私を見る目は変わらないのよ。私が自分と仲良しで、大切な人間だということはわかっているのよ。私を安心して見てくれていたし、話してくれた。いいじゃない。呆けることを恐れることないわよ。呆けは老化の表れなんだから。悪いことしているんじゃないんだから。呆けたって、自分の大切な人はわかるのよ。大事なことって、そういうことじゃないかしら…」と、いっしょうけんめい話した。

神田の古本屋街で『つま恋』(井沢満著・角川書店)を見つけた。50代の大学教授がアルツハイマーと宣告される。著者は、主人公の主治医の言葉を借りて「アルツハイマーは脳は破壊されるが、人格は壊れない」と書いていた。アルツハイマーの方の介護をした経験があるが、日によって荒れることがあるが、基本的には、心やさしい方はいつまでも心やさしい、ということがよくわかった。呆けても、その方の感受性が喪失するわけではない。だから、呆けることを恐れたり、呆けた人を特別視したり、バカにしてはいけない。

いま週6日、8カ所のお宅を訪問している。家事援助、入浴介助、散歩介助のほか、転ばぬように見守ったり、自分で排泄や食事摂取できない方のお手伝いをするのがヘルパーの仕事だが、ケアしているのは私だけでなく、利用者にケアされている自分を感じることが多い。人生の先輩のそばにいると、実に多くのことを教わる。いろんな知識を詰め込み、社会的に活躍することも大事だが、人として平凡に生き抜くことの大切さを、ケアする中で気づかせてもらっている。

五月晴れの日曜日、82歳のおばあちゃまを車いすに乗せ、街へ出た。「桜の季節は過ぎたから、今日は賑やかな所へ行こう!」と誘って、デパートでやっている北海道物産展へ繰り出した。狭い通路を遠慮せずに車いすを押して通る。あちこちで珍味の試食。

 

 

 

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