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私たちが<ケアされる人>のケアをする際に、私たちは身体的にその人の<傍らに居る>というよりも、<スピリチュアル(魂的=spiritual)>に<傍らに居ること>によって、私たちは<ケアする人>であると同時に<ケアされる人>になりうるのです。私たちが思わず知らずに誰かのことを気遣い、配慮するとき、私たちはケアを無自覚的に行っているし、身近な存在として、その人<傍らに居合わせて>います。つまり、配慮や気遣いが私たちの存在性をその人に近づけさせ、<スピリチュアルに居合わせる>という関係性を構築しています。このようにケアとは<その人の傍らに魂と共に居合わせていること>によってはじめて可能になる実践なのです。

 

3 存在をねぎらう(compliment)こと

しかし、ここで注意しなければならないのは、<ケアする人>も<ケアされる人>も、ケアを通じて<互いの存在を肯定している>ということです。私たちはケアし、ケアされることによって、自分たちが互いに<そこに居てもよい>と承認しているのです。私は、このような存在の肯定を<ケアによる存在へのねぎらい(compliment)>と呼びたいと思っています。ケアとは、自分であれ他人であれ、とにかく誰かが誰かを気遣い、配慮し、その誰かに対して<ねぎらい>、<感謝する>ことによって成立しています。

逆に言えば、私たちは、自分の存在を<ねぎらう>ことを忘れてしまっているのではないでしょうか。私たちは、自分自身に対してだけでなく、誰に対しても、<あなたはそこに居てよい>、あるいは<あなたにはそこに居てもらいたい>と声をかけることを忘れています。少なくとも、軽視しているのではないでしょうか。誰からも存在を肯定されず、<ねぎらいの言葉>もかけてもらうことがなかったら、私たちは生きる意昧を獲得できません。

まして、自分が自分に対してすら<ねぎらいの言葉>をかけてあげることがなかったら、私たちは、これから先を生きていく自信をもてないでしょう。忙しい日々に追われ、複雑な人間関係に押しつぶされそうなとき、私たちは自分を<ねぎらう>ことすら忘れてしまっています。

 

 

 

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