北海道大学大学院水産科学
研究科教授 天下井清(あまがいきよし)
最近の海難から
九月十一日の朝、北海道浦河沖で沖合底引き網漁船第五龍寶丸(一六〇トン)が転覆・沈没し、四人が僚船に救助されて生還したが残りの一四人の行方を捜索中であると報じられました。
その後、懸命の捜索にもかかわらず発見されないまま、華やかな生命の躍動の祭典オリンピック報道の中に悲惨な事故は消えてしまいました。この事故において最も残念なことは、全員が救命衣を着用していなかったということです。
当日の表面水温は一九度であると報じられていたことから、救命衣さえ着用して操業をしていたのなら、少なくとも甲板上にいた人たちは僚船に救助されたのではないかと思うと、本当にやるせなくなります。
本誌でも紹介された日本財団の補助金を受けて北海道漁船海難防止・水難救済センターが開発した軽くて着やすく作業性に優れた小型漁船用常時着用型安全衣作製にたずさわった一人としてはひたすらに無念です。
漁船としては大型な底引き網漁船であっても、その船のもつ復原性のぎりぎりのところで使われているのなら、その危険性は小型漁船と何ら変わらないことになります。「自分の生命は自分で守る」ために安全衣の常時着用を大型船の乗組員にももっと訴えればよかったと悔やまれてなりません。
一方、昨年一月二十日八丈島沖で発生したまぐろ漁船新生丸(一九トン)の転覆事故ではEPIRBの遭難信号が発信されたけれども、その後の発信がなかったことと、会社とのやりとりから誤発信であろうということになり、八時間後になって救助活動が開始され、船体発見が二十九時間後、救命いかだの五人が発見されたのが三十三時間後と、新しいGMDSSで義務づけられた装置の欠陥がニュースになりました。
この二つの事故ははからずも漁船海難の悲惨さと救助システムのあり方に大きな示唆を与えてくれます。遭難信号発信が一方的に発信され、誤報であるのか本当の事故なのか判別しがたく、現実には発信された九〇%が誤報であるという事実が、結果的に救助活動の初動を遅らせています。そして、EPIRBが船に搭載を義務づけられた遭難信号器であるということです。新生丸のような小型のFRP船の場合には、転覆した後その傾斜が弱くEPIRBの取付位置が約三メートル水深で止まってしまったために自動的に離脱できず、水上に浮いて発信できなかった。このような船主体の遭難信号器の問題点と小型船の信号器のあり方に対して早急な対応が求められていると思われます。
システムの開発
平成十年度科学技術振興事業団の助成を受けて「海難救助支援システムを備えた安全衣」の開発研究を株式会社東和電気製作所、北海道大学水産学部、函館工業技術センターの協力の下に行ったのでここに紹介します。
北海道周辺での海難事故は多く、漁業者が作業中に海中に転落する事故が平成九年から過去二十四年間で八一九件、そのうち七〇一人が死亡または行方不明になっています。転覆など船舶海難による死亡・行方不明を加えると倍以上になります。これは、ほとんどの方が救命胴衣、浮力材を身につけていなかったことによるものです。
また救命胴衣を着けていても北海道周辺の海水温が低いために、低体温死といって体温が二四度以下になるとほとんどの人が亡くなっていることにもよります。