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噴出物の分布から現在の富士山頂の真下あたりを中心とした円錐火山だったと考えられている。古富士火山に関する噴出物でローム層と並んで特徴的な噴出物は古富士泥流と呼ばれる大規模な火山砕屑物からなる土石流で、8万年から1万年の間にたびたび発生した。特に、2万年ほど前のウルム氷期の最盛期に顕著で、万年雪に厚く覆われた山頂付近から噴出した火山噴出物は氷雪を突き破り、山体の氷雪や岩石をまきこんで、規模の大きな土石流となった。この時代の古富士泥流は東では御殿場や、北では桂川に沿って猿橋を経て相模湾まで達し、西は白糸の滝から富士宮付近まで広く分布している。古富士の火山活動は殆どが玄武岩質のものである。火山灰の中に基盤の第三紀層や小御岳火山の礫岩がふくまれることから、玄武岩質のマグマを放出しながら爆発的な噴火を繰り返していたと考えられる。玄武岩質マグマの火山で、なぜ激しい噴火が起こったかは現在不明とされている。

新富士火山の活動の開始時については研究者により意見が分かれている。

津屋弘逵は約1万年前の流動性の大きい玄武岩質溶岩の噴出以降を新富士火山と区分している。津屋は古富士泥流のあとに噴出した約1万〜8千年の溶岩を新富士火山旧期溶岩とした。

一方、町田洋はこの溶岩を古富士火山の第II期の溶岩とし、爆発的な古富士火山1期のあとに続く時代のものとしている。

富士山の地下水から見ると難透水層の古富士泥流を覆うこの溶岩は帯水層として重要な役割を果たす。

このころの時代を表す大切な地層とし、8,000〜5,000年前につくられたて富士黒土層がある。富士山の活動が穏やかで、厚い火山灰を堆積させるような噴火が起こらなかったのに加え、縄文時代の温暖な気候により植物が繁茂し、多量の腐植を含む黒土が造られた。

5,000年前以降、富士山の活動は再び激しくなり、火山砕屑物の噴出と溶岩の流出を繰り返し、現在の富士山が形成された。

 

2 富士山体の地下水

観察結果によると2,000m以上の所のように勾配が1/2に近い斜面では、雨水は殆ど浸透するいとまがなく、大部分は表流となって谷部に集まって、猛烈な勢いで流下する。また、標高2,000m以上の所では冬季地表は凍結し、11月から翌年3月の間は水の流れはない。富士山の頂上付近には永久凍土があるとされる。

地下水中の酸素同位体比δ18Oの分布から地下水の涵養量を計算することがおこなわれている。標高2,500mから頂上にかけての山体部では、酸素同位体比δ18Oからも地下水の涵養量はあまり多くない結果が得られている。先に記した地形、地質条件の他に、地下に永久凍土が広がっていることも影響していると考えられる。また、蒸発による浸透水の酸素同位体比δ18Oが高くなるのを利用して、富士山体からの蒸発量が計算されている。夏期の平均気温のもとで蒸発が起こったとすると、標高3,600mの山頂部における蒸発率は8%ほどと計算される。北側斜面で蒸発率は12%(標高3,000m)〜28%(標高1,000m)、南斜面で11%(標高3,000m)〜24%(標高1,000m)という計算結果が得られている。

富士山5合目の小御岳神社付近には、富士山の核を作っている小御岳火山の山頂部が露出していて、そこから御中道を数百メートル東に廻った登山道の脇でわずかに地下水が湧き出し、泉ケ滝と呼ばれている。

 

 

 

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