M 山林―河川系 ―自然との共生を可能とする人を介した循環型技術体系の構築に向けて―
大熊孝 (新潟大学工学部教授)
1. 研究の前提 ―川とは*―
大学の土木工学系で教えられている河川工学の教科書では、川は、「地表面に落下した雨や雪などの天水が集まり、海や湖などに注ぐ流れの筋(水路)などと、その流水とを含めた総称である。」と定義されている。確かに、川は地球における水循環の重要な担い手であるが、それだけではなく、山林から土砂や落葉などさまざまな物質を流し、川や海の生物を育み、それらが再び遡上して、山林に還元されており、生物による地球上の大いなる物質循環の担い手でもある。そして、人はそれらの生物を食料としながら、川沿いに多様な文化を形成してきたのであった。すなわち、『川とは、地球における物質循環の重要な担い手であるとともに、人にとって身近な自然で、恵みと災害という矛盾のなかに、ゆっくりと時間をかけて、地域文化を育んできた存在である。』ということができる。
本研究では、この川の定義を前提として、今までの河川技術を振り返り、自然と共生する循環型の新たな河川技術を提案する。
2. 今までの河川技術の問題点
(1) 伝統的技術の弱点と特長
明治時代以前から受け継がれてきた伝統的河川技術は土・石・木材の自然素材を主体とし、さらには生きた樹木そのものを水害防備林として治水に利用しており、いわばローテクの最たるものである。
しかし、石や土は千年たっても材料として劣化せず、木材は、確かに濡れると腐食しやすいが、水中や空中にあれば縄文遺跡や法隆寺のように耐久性に優れているところに特長がある。また、土は、加工が簡単で、段階的な拡大や移設も可能という長所があり、何百年にもわたって存在し続け、拡大・移設されることの多い堤防に最適な素材である。さらに、これらを組み合わせた構造物は、多孔質で生物の産卵場所や隠れ家となり、自然にやさしい近自然河川工法の典型であるといえる。ただ、石や木材は単体としてはかなりの強度があるが、それらの結合に難点があり、一体的な構造物に造り上げることが困難であった。そのため、石や木材を組み合わせて造られた堰などは洪水でしばしば損傷を受けてきた。しかし、このことはシステムとして見た場合、洪水時に堰が壊れることによって堤防にかかる外力が弱められ、被害を拡大しないフェイルセーフとして役立っていたともいえるのである。
さらに、これら自然素材の限界を前提として、治水システムとしては、水害防備林を川沿いに配置して、ある程度以上の洪水を相対的に被害の少ない地域に積極的に氾濫遊水させ、被害を最小化させるという、氾濫受容型の治水策が採られていた。
こうした典型例の一つとして、約250年にわたって継続している吉野川の第十堰(図1参照)やその上流域における竹林を主体とした水害防備林が挙げられよう。また、中国の長江上流の都江堰(図2参照)は約2250年にわたって継続しており、その土砂管理を主体とした維持管理システムは見習うべきところがある。
なお、こうした伝統的技術のシステムとして、地域特性を熟知した地域住民によって担われていたことが重要な要素であったといえる。