しかし、研究者や技術者の無力感を増幅するのは、その技術や知見が現実に活用される実感が乏しいことである。社会システム上の問題点のほうが大きい。このような状況が短期的には抜本的に変わることは無いであろう。しかし、日本の沿岸生態系の衰弱は激しいので、このままでは食糧国防も漁業振興もないので、せめてもはそのシステムを見なおしてもらう社会に対して提案をするしかないであろう。つまり、自然システムの管理というよりも、社会システムの見なおしをしない限りは、解決の道は見えてこないと考えられる。
III 海岸に関する市民の科学的知識のネットワークの構築
「水陸インターフェースの生態」のうち、海岸の生態系と人との関係に注目した。特に、最終年度の2000年度は、海岸について市民が持っている科学的知識の現状調査と組織化の試行を通じて、海岸における新たな科学的知識のあり方を探り、新しい枠組みを予見し、かつその一端を試行することを計画した。
2000年は、日本の海岸を管理する「海岸法」が環境保全と地域社会に配慮した内容に1999年に改正されたが、4月に施行された。また、海岸管理に関わる、漁港法、港湾法の改正も検討中で、本年には改正が行われる目処という。漁港法ではプレジャーボートの漁港空間での位置付けがなされる。これは、市民の海の利用という点で大きな転換点となる。また、港湾法では海岸法を参考に改正され、環境保全と地域社会との連携が位置付けられる。
科学研究においては法的枠組が看過されることが多かったが、環境保全を視野にいれた場合には不可欠の視点である。その点において、調査のタイミングとしても良好であった。本プロジェクトでは、こういった社会的背景のもとで、海岸環境保全に関する市民セクターの科学的知識の状態を検証する。市民といっても、海についての素人という意味ではない。それぞれの職業や趣味を通して、海への造詣を深めている人達との意である。特に、将来的な広がりや教育効果を考えると、リクリエーションを通じた知識の取得が重要と考えた。その知識体系は非組織、未分化の段階であったとしても、どのように体系化された情報や学問分野と対応するのかを見極めておくことが必要であろう。
海洋リクリエーションを通じて得られた科学的知識の例としては、以下のようなものがあった。
1) ダイバー:水中の生物や環境の映像記録やログブックへの記録
2) サーファー:波砕帯や海岸の環境、砂浜海岸の保全活動
3) 釣り人:魚類の動態(回遊経路や個体数)
4) 貝類採集家:非有用生物種の生物学
5) 市民フォーラム:漁村の歴史的変遷、環境修復事業への参加
6) 環境団体:ウミガメと海岸環境
7) 女性と子供たち:分野にとらわれない好奇心
海岸生態系保全での市民の位置付け
特に、島国で水産国、海洋国といわれながら海洋科学者の人口が少ない日本においては、日本の海を観察する「目」の数としては、圧倒的に一般の人のほうが多い。確かに非専門家の見方は組織的でない部分も大きいが、興味の深さと持続性においては、職業的専門家に劣るものではない。