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本研究は主にミドリイシについてこの網目状進化の仮説を確かめ、ミドリイシ属を含むミドリイシ科サンゴの特異な産卵様式の進化の過程を遺伝的側面から明らかにすることを目的とした。研究の方法には、現場での潜水による産卵生態の観察、形態分類による種の同定、交配実験による生殖隔離の調査、および遺伝子の塩基配列の分析の四つを組み合わせた。

研究の結果、ミドリイシ科サンゴは一斉産卵という生殖様式を基に、それぞれの属ごとに独自の生殖様式を加えて進化してきたことや、その中でもミドリイシ属やMontipora属は過去に絶滅しかかり、生き残った小集団から現在の様に多様化したことが推定され、属間での種の融合は現在では見られないことと形態分類の結果は分子分類の結果とほとんど一致することが明らかにされた。しかしながら、ミドリイシ属内には種の複合体と見られるグループがあり、それに含まれる種間では現在も融合や分化が同所的に起っていることが確かめられた。

このミドリイシの進化の過程について考察すると、まず、氷河期の気候変動に伴う地理的隔離、もしくは卵と精子の認識の違いに伴い一斉産卵する幾つかの種が分化し、その後偶然に、卵・精子認識が適合した種同士が交雑を始め、その雑種との戻し交配や雑種同士の交配によってそれらの種間で遺伝的な交流が起こり、それらの遺伝的な系統関係は混ざり合っていったと思われる。そしてこの様な現象がいくつか起こることによって一斉産卵する種の中で数個の遺伝的に近縁なグループが生じたし、同時に、いくつかの種は一斉産卵の時間を他種より早めて、雑種の発生を避けた。この様な進化のありさまと種複合体の存在は、網目状進化の現時点における一断面によく一致する。本研究によって初めて、サンゴの進化の歴史を遺伝的側面から描くことができた。

研究の成果は添付した学術論文2編に詳しく記されている。なお、1論文は現在投稿中である。また、1998年夏、世界的にみられた造礁サンゴの白化現象と翌1999年の一斉産卵時に表れた白化の影響については、沖縄の阿嘉島臨海研究所で調査研究を行い、これまでに多くのサンゴの死滅と回復が観察されたほか、交配率の著しい低下などが明らかになった。これに関して発表した1論文と著名な学術雑誌Scienceで報じられた内容を付属資料として提出する。

 

3. 海洋動物の多様性とサンゴ礁における種多様性と多種共存の維持・促進機構(西平)

1) 環境傾斜に沿った種多様性に関連して

わが国のサンゴ礁生態系を対象とした調査・研究事例の収集と分析を継続した。我が国における造礁サンゴ類の種多様性の地理的分布は、Veronらの研究によって比較的よく分かってきた。しかし、その後いくつかの報告がなされてはきたものの、群集レベルで種を網羅的に扱った研究は未だに少なく、既存の資料による現状把握には限界がある。また、同一地域における海域の環境傾斜(例えば湾内―外洋に沿った環境傾斜、深度傾斜および環境撹乱の強弱などの環境傾斜など)に沿った生物群集や種多様性に関する研究事例は、著しく不足している状況である。そのため、進行中の他のプロジェクトとも関連させつつ、人為的撹乱の少ない西表島の網取湾において、1998〜2000年にかけて湾内―外洋と深度傾斜に沿った造礁サンゴ類の多様性と群集構造の変化について集中的な野外調査を継続し、サンプルの同定や結果の分析を行っている。これが済めば、サンゴ群集の環境傾斜に伴う変化の実態がかなりの精度で明らかに出来ると考えている。

サンゴ以外の動物については、潮間帯に棲息するタマキビ、ウミニナおよびアマガイ類を中心に、主に琉球列島における分布と種および生息場所利用の多様性に関する資料の収集と野外調査を行った。

 

 

 

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