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2) 種多様性と多種共存の維持・促進機構に関連して

これまでの研究では、一部の種群の種多様性を空間的に比較することが多かった。一方、「ある場所では多様な種が共存し、他の場所では少数の種しかいないのはなぜか」ということも興味ある問題である。生物の多様性を保全する際の具体的対象は、自然に存在する実際の群集であるため、ある場所における多種共存の機構を解明することは、環境問題とも大きく関わっている。そのため、ここでは生物群集における種の多様性(多種共存)の維持・促進機構に特別の注意を払って、これまで展開してきた考えをさらに押し進め、野外における現実の群集を対象に検証作業を行った。ここで問題とされているのは「多様な種がどのようにして作られてきたか」という種分化に係わる諸問題を取り上げるのではなく、「ある空間に多くの種が詰め込まれる機構」を問題とする取り組みである。

多種共存の維持・促進機構として、すでに「棲み込み連鎖」仮説を提唱したが、その一般性を検証するため、事例の収集・分析の作業を継続してきた。この仮説は、微細な棲息場所を主として生物によって形成され、そこに棲み込んだ生物がさらに棲み場所を形成し、そこに新たに生物が棲み込むという、棲み場所の形成と棲み込みの連鎖、すなわち「棲み込み連鎖」が、生物群集の発達過程(あるいは時間的変化)そのものであり、多種共存の維持・促進機構であるという考えである。棲み込み連鎖の過程で、生物はそれぞれに種独特の役割を果たして多種共存が成り立ち、棲み込み連1鎖の進行によって共存種数が変化するという考え方である。

浅海・沿岸域の岩礁、砂泥および汽水域潮間帯には、特徴的な生物景観が形成されているが、それぞれの場所では、造礁サンゴ類、海草類およびマングローブ類が棲息場所としての立体的構造の形成と維持に重要な役割を果たしている。1)の環境傾斜に伴うサンゴ群集の変化の調査とも対応させる形で、サンゴ群集を調べた場所と同一の場所においてサンゴ礁魚類の群集構造を調べ、サンゴが創り出す複雑な生息場所構造がどのような影響を及ぼしているかを探るための野外調査も行った。一方、陸上生態系においては、樹木が棲息場所の形成において海中におけるサンゴに匹敵する役割を果たしている。海・陸いずれの生態系においても、「骨格生物」と呼ばれるそれら固着性の大型生物の体の上や周辺に、移動性の動物が棲息して独特の群集が形成されているが、「棲み込み連鎖」によってそれらの多種共存機構は統一的に理解できると考えられる。例えば、造礁サンゴ類のさまざまな特徴に加えて、海域では媒質が海水であることを考慮することによって、一見全く異なるように見える海域(サンゴと水)と陸域(樹木と空気)の両生態系における群集の成り立ちを統一的に説明でき、あらゆる群集における多種共存の維持・促進機構の説明に、「棲み込み連鎖」仮説が有効であることが裏付けられた。

 

生物による生息場所の構造化と棲み込み連鎖の進行によって成立する生物の棲み込み関係が、生物の群集構造として重要であり、多種共存と促進機構の中心であることが明らかになった。それをわかりやすく、また出来れば動きのある美しい映像として市民に伝えることを目指して、主としてハマサンゴのマイクロアトールをサンゴ礁のモデルとして映像で紹介したい。

 

 

 

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