再び海へ
植物は海で生まれ、淡水から上陸したと考えられている。中生代の大型爬虫類や、現在のクジラのように、脊椎動物の中には陸から海に戻ったものがある。陸上植物ではどうだろうか。
陸上植物が淡水に戻ることはさほど難しいことではなかったようである。被子植物をはじめ、コケにもシダにも淡水生のものがある。この場合、植物の体制は、上陸の時と逆の適応を迫られる。不思議なことに、シダ植物と被子植物の中間の進化段階にある裸子植物には水生のものがない。古生代の絶滅裸子植物のなかには、マングローブ性と思われるものがあるが、水没して生活する裸子植物は今のところ知られていない。理由は、裸子植物の受粉様式が風媒に適しており、受粉後の受精過程も含めて水中で成り立ちにくいからであろう。
陸上に適応した植物が海に戻ることは、乾燥に耐えることでもある。塩分濃度の高い海水は、「青菜に塩」と同じで植物の水分を奪う。これは、生理的な乾燥と言っても良い。シダではわずかにマングローブ性のミミモチシダのような種が、海に生育場所を求めることができた。しかし、海水中に沈んで生活するシダ類はない。コケ植物と裸子植物は海に戻ることができなかった。それにひきかえ、被子植物はヒルギ科のようなマングローブ性のものから、「海藻」に対して「海草」と書かれるアマモ科やトチカガミ科のように、すっかり海中に沈んで生活するものまである。花も海中で咲き、受粉と受精も海中でおこなうものさえある。理由は、被子植物の受精が雌しべの壁に完全に包まれた状態で花粉管によっておこなわれ、海水に直接さらされる危険性がないからである。
「海草」は世界各地の浅海で藻場を形成している。瀬戸内海や、東京湾にもかつて広大な藻場があった。藻場はいわば海中の草原で、海水を浄化し、沿岸の生物層を豊かにした。アマモの葉上でしか生育できない生物もいる。マングローブや藻場は、4億年以上前に上陸した緑色植物が、再び海に帰って生産を始めた回帰の場である。その生物多様性と生産量の高さは、今や人間生活にも欠かせないものとなっている。1億5千万年前に被子植物が登場したことで、陸と海とは生物を介していっそう緊密さを増すことができた。その最前線であるマングローブや藻場もまた、熱帯雨林とならんで人類の影響を最も受けやすい環境にあることは、皮肉なことである。