たとえば、アデニンとリボースと塩化マグネシウムの混合水溶液を蒸発させて、乾燥させた後、100℃で2時間ほど加熱すると、アデノシンが少量得られる。生成物には非天然型の異性体であるα-N-グリコシル結合をもったαーアデノシンも少し含まれる。しかしながら、ピリミジン塩基は、同じ条件下では反応しない。興味深いことに、この反応では海水を蒸発させた後に残る塩の混合物がよい触媒になる。ヌクレオシドは原始海洋の干潟や干上がった湖で、前生物的に合成された可能性がある。
ヌクレオシドが、直接原始大気から生成することが、模擬原始大気を用いた放電実験で明らかにされている。メタン/窒素/水系の放電生成物中に核酸塩基が含まれていることは、すでに確認されている。横浜国立大学の小林憲正らは、この反応生成物を種々のクロマトグラフィーを用いてさらに詳細に分析し、シチジン、ウリジン、キサントシン、イノシンなどのヌクレオシドを新たに検出した。この反応系では、シチジン、ウリジンなどのピリミジン塩基が多く得られる。得られるヌクレオシドは、すべて天然型のβ-異生体である。
ヌクレオチドはヌクレオシドがリン酸化された化合物であるが、原料となるリン酸はどのような形で供給されたのだろうか。現在、地球上のリン酸のほとんどは水に難溶性のアパタイト(リン灰石)の形で存在しているため、海水中のリン酸の濃度は非常に低い。原始海洋中の元素の濃度は現在とそれほど変わらなかったと想像されるので、原始海洋中でもリン酸濃度は低かったと思われる。
最近、金沢大学の山形行雄らは北海道の有珠山の噴気孔(540〜690℃)からの火山ガスの凝縮物を集めて分析し、トリリン酸やピロリン酸などの存在を確認している。この結果はリン酸は火山ガス中に最初はP4O10の形で含まれていたかもしれないことを示唆している。このことを確かめるために、彼らは次のような火山ガス発生の実験を行った。すなわち、リン酸カルシウムに粉末状にした玄武岩をくわえ、1300℃で加熱、溶融させ、これに水蒸気を通じ、急冷し、その凝縮水を集め、分析した。その結果、凝縮水中にトリメタリン酸、トリポリリン酸、テトラポリリン酸など水に可溶性のポリリン酸が多量に含まれていることを確認した。これらの結果はリン酸は溶岩中で脱水され、P4O10を生じ、他の噴気物と共に噴出し、部分的に加水分解されたポリリン酸の形で、水溶液中で比較的長い時間存在できることを示しており、P4O10由来のポリリン酸類が原始のリン酸化剤であった可能性が高い。実際、山形らはアデノシンとテトラメタリン酸の水溶液を放置して、アデノシン―リン酸を高い収率で得ている。ただし、種々の異性体(ヌクレオシドの2'-、3'-、5'-リン酸)やポリリン酸化されたもの(ADP、ATPなど)も同時に得られる。
ホスフィン(PH3)が木星や土星大気中に安定に存在していることから、ホスフィンの役割に注目し、ホスフィン/メタン/窒素/水系の放電実験が行なわれた。生成物中には、アミノ酸の他に、亜リン酸、オルトリン酸、ピロリン酸などが含まれていた。このような反応系では、直接リン酸化された有機物が生成してくる可能性が大きい。
核酸をつなげる
無生物的にRNAを合成する場合、原始スープ中のリボヌクレオチドに対する研究者の認識の違いにより、立脚点の異なる種々の実験が試みられている。大別して、核酸塩基とリボースとリン酸からなる核酸の最小単位のモノリボヌクレオチドが原始スープ中に最初から存在していたと仮定して、より効率のよいRNA合成の条件を検討する立場と、その存在を疑問視し、より簡単な構造で、類似の機能をもつRNAの原始型を考える立場とがある。