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この段階の原始RNAは、おそらくタンパク質の助けを借りて触媒をつくっていただろう。つまり、この時代のRNAとタンパク質は共生関係にあったのである。

このような協力関係は、現在の生命システムにもみることができる。代表的なのが生体内のタンパク質合成系である。これらはRNAとタンパク質がかって共生関係にあった時代の分子化石と思われる。無生物的に合成されたタンパク質は活性は低かったものの、生命にとっては必須のタンパク質合成系の構築に初期段階で積極的に関与し、その土台をつくったのだろう。その後、こうした初期の合成系は、RNAの情報に依存したより機能の高いものに置き換えられていった。RNA依存型のタンパク質合成装置の誕生は、原始生命の進化をいちだんと加速し、機能の多様化を促進しただろう。そしてRNAは自分より化学的に安定なDNAをつくりだし、セントラルドグマを確立して、DNAワールドの幕を開いたのである。

生命として複雑化するにしたがって、RNAは遺伝物質として適当でなくなってしまった。RNAワールドからDNAワールドに導いた選択圧は何であったのだろうか。次のような要因が考えられる。

(1) RNAは水溶液中、とくにアルカリ性溶液中、高温、亜鉛イオンのような遷移金属イオンの存在下で速やかに加水分解される。しかし、DNAはこのような条件下でも安定である。

(2) RNA複製酵素は修復機能をもっていなかった。だからRNA遺伝子上に高頻度に変異が起こってしまった。DNAの現在の複製系は高度な修復機能をもっている。

(3) 核酸塩基のあるものは化学作用に対して不安定である。たとえば、シトシンは脱アミノ化されてウラシルになる。RNA依存の酵素にはこの脱アミノ化したものを修復する機能がない。DNAの場合はウラシル-DNAグリコシラーゼと呼ばれる酵素によって修復される。

(4) 紫外線照射は2本鎖DNAよりも1本鎖RNAに、より大きなダメージを与える。

現在の生物ではデオキシリボヌクレオチドはリボヌクレオチドからリボヌクレオチド二リン酸還元酵素の触媒作用によってつくられている。デオキシリボヌクレオチドは無生物的にはほとんどできない。だから、リボヌクレオチドの2'-水酸基を還元してデオキシリボヌクレオチドにする酵素の出現がDNAワールドの鍵をにぎっていたと思われる。デオキシリボヌクレオチドができ、複製酵素の中でこれを使ってRNAからDNAをコピーできるものが現れたのである。

現在のDNAワールドでは、三つの異なった生物が存在している。すなわち、真核生物、原核生物(真正細菌)、古細菌である。真核生物は細胞の中に核をもち、原核生物はもたない。古細菌は細胞の中に核をもっていない。しかし、いろいろな性質が原核生物よりはむしろ真核生物に近い。古細菌は十数年前からその位置づけがわかってきて、高度好塩菌、メタン菌、好熱菌などが属している。高度好塩菌は20%以上の食塩を要求し、海洋、塩湖、塩田などで見出される。メタン菌は酸素を嫌う環境下でメタンを産生し、湖沼、泥土、動物の反すう胃や腸内に棲息している。好熱菌は硫黄依存性で、温度の高い温泉のような環境に棲息し、最高で115℃に至適生育温度をもつ超好熱菌もいる。このように古細菌はいずれも極限環境に棲息しているのが特徴である。

RNPワールドからDNAワールドになった当初は、DNAをゲノム(遺伝子の総体)にもった一つの原始的な生命体が存在していた。その原始生命体は、まず最初真正細菌と古細菌とに分かれた。次いで、古細菌からDNAゲノムが核膜でおおわれた原真核生物が誕生した。このような分岐の関係は、リボソームRNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列を比較する進化系統樹から明かにされている。さらに興味深いことに、原始生命体に一番近い古細菌は超好熱菌であると推測されている。

 

 

 

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