日本財団 図書館


では、第2の可能性、つまりタンパク質が先に出現したという見方はどうだろうか。その根拠として次ぎのようなことが考えられる。

(1) 宇宙で起こる化学的プロセスにおいては、核酸よりもアミノ酸の方が生成され易い。事実、隕石にはアミノ酸の方が核酸よりも豊富に含まれている。

(2) 原始地球環境を模した実験でも、ポリペプチドの方がポリヌクレオチドよりもはるかに生成しやすいことが確認されている。

(3) 無生物的に合成されたポリペプチドは、弱いながらも触媒活性をもっている。

(4) いろいろな模擬原始地球環境(温かい海、海底の高温熱水噴出孔、干潟)にアミノ酸を入れて反応させると、タンパク質の膜をもつ細胞に似た構造―細胞様構造―が生成する。前に述べたように、我々もこれまでさまざまな原始地球環境下で実験を行ない、多様な形の細胞様構造体(マリグラヌール)や触媒活性をもつポリペプチドが生成することを確認している。

今日考えられている原始地球環境下では、核酸よりタンパク質の方が容易に合成されることが観測や実験によって明らかである。とくに、原始地球の灼熱の環境を考えると、タンパク質が先だったとする説が有利になる。しかし、この説の最大の弱点は次のことである。最初のタンパク質はどのようにして自己複製を行ったのだろう。なにしろタンパク質は核酸のような便利な情報システム(核酸塩基の相補的関係)をもっていないのだが、もし原始スープの中で20〜40個ほどのアミノ酸がつながったポリペプチド鎖が自然につくられ、それらの中からより複雑な二次構造を自己触媒的につくるものが現れて、周囲のポリペプチドと相互作用してもっと高次の構造をつくっていけたとしたら、それは一種のおおざっぱな情報伝達による複製だったと考えてもよいだろう。

しかし、原始地球における生命のはじまりは、前二説のいずれとも違う第三のシナリオで展開していったとも考えられる。すなわち、核酸が先でもタンパク質が先でもない、両者が最初から共存していたという可能性である。

無生物的条件下で生命の構成物質が合成されることは、化学進化の模擬実験、隕石中の有機物の分析、彗星や宇宙空間における有機物の観測などから明らかにされている。原始地球に存在した原始スープの中には、隕石や彗星から持ち込まれたものを含めて、アミノ酸やモノヌクレオチドなど多種多様な有機物が存在していただろう。こうした環境の中で、モノヌクレオチドは互いに寄り集まったり、鋳型や粘土表面上に集合したりしてランダムに重合を繰り返し、徐々に鎖を伸ばしていった。やがて、その中に自分自身を切断したりつないだり(スプライシング)する機能をもつもの、自己複製の機能をもつものなどが現れ、それらの触媒作用で作動する代謝系も発生してすべてが進化していき、ついにRNAワールドが誕生した。このRNAワールドでは、原始RNAは複製機能と代謝機能の両者をあわせもっていた。そして自分自身の情報(核酸塩基の種類や配列)を変化させることによって、さらに触媒機能の多様化を進めていった。

他方、同じ原始スープ中に存在したアミノ酸も無生物的に重縮合をくり返し、20〜40残基がつながったポリペプチドがつくられた。このポリペプチドの中から自発的に二次構造を形成するものが現れ、現在のタンパク質がもつ触媒活性に比べれば非常に弱いものの、ある程度の複製機能や多様な代謝触媒機能を獲得していった。これらの進化したポリペプチドは、同様に進化し多機能化したポリヌクレオチドと協力して、それぞれが単独ではもち得なかった新しい高度な触媒機能を実現するRNP(リボヌクレオプロテイン)ワールドを生み出した。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION