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このようにして合成されたRNAのほとんどは複製能力をもたなかったが、それらの中に複製能力をもつものが偶然現れ、多くのRNA分子を生み出していった。されに複製時の誤りによって生じた変異RNAの中に親分子よりも効率のよいものが現れ、親分子を淘汰していった。こうしてRNAは増殖し、進化し、原始スープの覇権者としてRNA独自の世界のRNAワールドを創り出していった。

だが、原始RNAが生きている分子であるためには、自己複製ができるほかに代謝もできなければならない。そうした多彩な機能の面影は現在の生命の仕組みにも見ることができる。たとえば、細胞内でタンパク質が合成される過程では、3種類のRNAが独自の働きをする。メッセンジャーRNA(mRNA)がタンパク質合成の情報を伝達し、転移RNA(tRNA)がその情報に従ってアミノ酸を運搬し、最後にリボソームRNA(rRNA)がタンパク質合成工場として機能する。また、RNAの構成単位であるヌクレオチドにも、酵素の触媒作用を助ける補酵素の役割をもつものが多い。中でもアデノシン5'-トリリン酸(ATP)やニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)は、生体のエネルギー源や酸化還元反応の電子伝達に非常に重要な役割をしている。

生命の起源をめぐる今日の議論では、タンパク質よりも先に核酸が出現した見方が強まっている。しかし、その主張はどこまで科学的に裏づけられているのだろうか。ここではもう一度、生命の始まりについての仮説を整理し、検証し直してみよう。

まず、生命の起源について考えられる可能性は三つある。(1)核酸が先につくられた、(2)タンパク質が先につくられた、そして(3)核酸とタンパク質が同時につくられた。

現在の生物では、核酸が複製を、タンパク質が代謝をつかさどっている。だから先の三つを言い換えると、(1)複製能をもつ生物が先に出現した、(2)代謝能をもつ生物が先だった、(3)両者が絡み合った生物が現れた、ということになる。

(1)の核酸が先だとする説は、先に述べたセントラルドグマとも合致しているので受け入れやすい。その場合、RNAワールド、つまり自己複製能をもつRNAが最初に出現したことになる。しかし、それには次のような問題がある。

(1) 自己複製機能をもつリボザイムには、RNAの鎖を長く伸ばす重合酵素活性があると言われている。しかし、実際に確認されているのは、1回に1個のヌクレオチドを切断して別の1個をつなげる不均化反応にすぎない。これでは鎖の伸長には限界があり、真の重合酵素活性とは言えない。つまり、自己複製する長鎖のRNAはまだ見つかっていない。

(2) そのうえ、リボザイムの重合活性は塩基の種類がシトシンのみに限られ、特異性がありすぎる(ウラシルのみでも重合は起こるが、鎖の伸長はもっと短い)。これでは単一の塩基組成のヌクレオチド鎖はできるが、RNAのような4種の塩基を含む混合ヌクレオチド鎖はつくれない。

(3) リボザイムが古い生物の分子化石であることの証明がまだ不十分である。

(4) 原始スープの中で、モノヌクレオチド単位が多数つながってRNA(ポリヌクレオチド)が自然合成されたという証拠はまだない。リボザイムのような触媒活性をもつポリヌクレオチドはモノヌクレオチドが400個ほどつながったものである。現段階では、40〜50残基ほどの塩基がつながったオリゴヌクレオチドを無生物的に合成できることが確認されている。しかし、これは試験管内での結果である。原始地球を模した環境下では、長鎖のRNAを鋳型なしで合成することはまだ難しい。

(5) RNAは水溶液中におかれると、種々の金属イオンによって分解されやすい。つまり、タンパク質などと複合体を形成しないかぎり、RNA単独では原始スープの中で安定して存続できなかったと思われる。

 

 

 

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