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修飾海水が考案された当時(1970年代の半ば)は、普通の海水にくらべて遷移金属濃度を1000倍から1万倍も高めた海水は人工的で、自然には存在しないだろうと思われていた。ところが前に述べたように、1970年代の後半に海底の熱水噴出孔がみつかり、その熱水噴出孔海水が異常に高濃度の金属イオンを含んでいることが明らかになった。たとえば、海底熱水噴出孔海水は普通の海水にくらべ、鉄を30倍、マンガンを87000倍、亜鉛を1300倍、銅を1500倍も多く含んでいる。修飾海水のように金属イオンをたくさん含んだ海水環境が、地球上にあったのである。

9種類のアミノ酸混合物(グリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、リジン、アルギニン、ヒスチジン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン)をこのような修飾海水中で4週間、105℃で反応させると、組織粒子が生成してくることが見出された。実験条件は原始地球上の温かい海の環境をまねたものである。この組織粒子は海の環境で生成した粒子という意味で、マリグラヌールと名づけられた。マリグラヌールは直径0.3〜2.5ミクロンの球状体で、多くのものは連結構造をしている。この連結構造は2つの粒子が結合した結果できたものではなく、内部からの発芽によってできたものである。連結構造は酵母の発芽を彷彿させる。

海底熱水噴出孔での化学進化の可能性をさらに検証するために、高温、高圧の熱水環境下で、アミノ酸からペプチドや細胞様構造が形成され得るかどうかしらべられた。グリシン、アラニン、バリン、アスパラギン酸を含む水溶液をガラス管中に入れ、250℃、134気圧で6時間加熱すると、直径1.5〜2.5ミクロンの膜構造をもつ微小球が生成した。

生命のはじまりを考えるとき、人はニワトリとタマゴの関係のパラドックスに悩まされてきた。すなわち、タマゴ(=情報)が先か、ニワトリ(=機能)が先か、という問題である。現在の生物では遺伝情報の流れは、DNA(デオキシリボ核酸)→RNA(リボ核酸)→タンパク質となっている。これはセントラルドグマ(中心教義)と呼ばれ、情報は核酸が、機能はタンパク質が担っている。核酸はタンパク質の働きによってつくられが、そのための情報は核酸がもっている。始まりがなければならない。この地球上に核酸とタンパク質のどちらが先に出現したのであろうか。

このパラドックスは、1980年代の初めに核酸の一種であるRNAが、タンパク質の助けを借りずに自分で触媒反応を行なうことが発見されると、新たな局面を迎えた。それまで遺伝情報の坦い手だけと考えられていた核酸が、タンパク質と同じ触媒機能をもつという事実は、最初の生命は核酸から始まった可能性を強く示唆する。RNAは自分自身を複製するのに都合のよい性質をもっている。4種類の核酸塩基と糖の一種のリボース、それにリン酸が本の鎖のようにつながった構造をもっている。二種の塩基間で対をつくり、相補的な鎖を形成できる。すなわち、一つの鎖を鋳型にしてもう一つの鎖をつくることができる。これによってRNAは自分自身を複製し、増やすことができる。したがって、もし原始RNAがこの複製反応を触媒することができたならば、遺伝情報と触媒機能の一人二役の働きをもつその分子は、それ自身原始生命と呼ばれるに足りる資格をもつことになる。

RNAの三つの構成要素のうち、核酸塩基はシアン化水素(HCN)から、リボースはホルムアルデヒド(HCHO)から無生物的(生物の介入なしに)に合成される。シアン化水素やホルムアルデヒドは、宇宙に普遍的に存在する始原的な物質である。したがって、原始地球上に存在していたと見られる原始スープの中にも、これらの有機物がたくさん合成され、蓄積されていたと考えられる。このスープの中に、RNAの構成単位であるヌクレオチドも含まれていて、それらが化学的にランダムにつながって大きな分子に成長していった。

 

 

 

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