3. 最初の生命と細胞の進化
生命は30数億年前に、原始の海で誕生した。生命が海で誕生したことは、生命と海の元素の組成が似ていることからも裏づけられている。現在の生物は天然に存在する92種の元素のうち、およそ30種の元素を使っている。生命と海との関係を検証するために、人体、海水、地球表層の元素の存在を比較してみよう。
人体に多く存在する元素は、水素、酸素、炭素、窒素の順である。含量の多い方から10位までの範囲内で、海水には入っているが人体には入っていない元素はマグネシウムだけである。しかし、そのマグネシウムも11位には入っている。逆に、人体には入っているが、海水には含まれない元素もある。それはリンである。人体で6位のリンと11位のマグネシウムを入れ換えれば、人体と海水の元素の組成は10位内の範囲内で同じになる。このように、人体の多量元素と海水の多量元素との間には、はっきりとした相関関係が見られる。しかし、人体の多量元素と地球表層の多量元素との間には相関関係が見られない。地球表層に多く存在する珪素やアルミニウムは、人体にはあまり多く含まれていない。
海水中のさらに微量元素についても注目してみよう。モリブデン、亜鉛、鉄、バナジウム、銅、マンガン、コバルトなどの元素は、海水中に100-7ナノモル(1ナノモルは10億分の1モル)の濃度で含まれている。これらの微量元素と生物学的機能との間にも密接な相関関係が見られる。
微量元素のなかでも比較的多く存在しているモリブデンや亜鉛や鉄は、生体内の酵素の中に多く含まれていて、その機能になくてはならない働きをしている。たとえば、モリブデンは簡単な分子の同化に関与する酵素の活性部位に、亜鉛は核酸やタンパク質を分解したり、合成したりする酵素の活性部位に、鉄は電子伝達体であるチトクロームやフェレドキシン、赤血球中の酸素運搬体であるヘモグロビン、酵素であるヒドロゲナーゼなど、エネルギー代謝に関与するタンパク質の中に存在している。だから、原始の海に存在していたモリブデン、亜鉛、鉄、銅、マンガン、コバルトなどの元素は、初期の化学進化と生物進化の過程で重要な役割を演じたにちがいない。進化の過程で海の中により多くとけていた元素や、生命のシステムの構築により適合した元素が生命の素材として選択されていったのである。
アミノ酸や核酸構成分子のヌクレオチドのような低分子化合物は、原始地球環境下でどのようにして高分子化合物になり、さらにどのようにして秩序ある細胞のような高次構造体を形成していくのだろうか。原始地球環境下で、細胞膜やタンパク質や核酸のような秩序構造が、簡単な物質からどのように形成されていくのか見てみよう。
原始海洋環境下での化学進化の過程をしらべるために、現在の生体内でも重要な働きをしているモリブデン、亜鉛、鉄、銅、マンガン、コバルトのような遷移金属元素は、化学進化の過程においても触媒として重要な役割をしたに違いないとの考えに基づいて、修飾海水という模擬海水が考案された。修飾海水はマグネシウムやカルシウムは現在の海水とほぼおなじ量含むが、6種類の遷移金属元素は現在の海水にくらべて1000倍から1万倍多く含んでいる。これは実験室で反応を速めるために触媒の量を便宜的に高くしたわけである。