それ故、これらのエネルギー源によるアミノ酸の無生物的合成は、ストレッカー反応を経由しているものと推測されている。
しかし最近、我々はこれとまったく別のルートでもアミノ酸が無生物的に合成されることを明らかにした。たとえば、α-オキソ酸とアンモニアを反応させると、グリシンがたくさん生成する。反応物を酸で加水分解すると特に多量のグリシンが生成することから、反応の中間体の存在が予想された。反応中間体を分離してしらべてみると、N-オキサリルグリシンであることがわかった。グリオキシル酸2分子とアンモニア2分子が反応してN-オキサリルグリシン1分子ができる。すなわち、グリオキシル酸は最初アンモニアと反応してアミノグリコール酸に変化する。これがさらにもう1分子のグリオキシル酸と反応して付加物を与える。この付加物が脱水されてN-オキサリルグリシンになる。
グリオキシル酸のほかのα-オキソ酸からもアミノ酸ができる。たとえば、ピルビン酸からアラニンが、フェニルピルビン酸からフェニルアラニンが、α-ケトグルタル酸からグルタミン酸などが生成する。これらの反応の特徴は中性付近の水溶液中で特別な還元剤を加えることなく、α-オキソ酸からN-アシルアミノ酸を経て、アミノ酸が合成されることである。
模擬原始大気の火花放電や陽子線照射実験において、アミノ酸のと共に核酸塩基が無生物的に合成されることが明らかにされている。核酸塩基は無生物的にどのように合成されるのだろうか。核酸塩基の原料はシアン化水素やその誘導体である。アデニンの分子式(H5C5N5)をよく見てみると、シアン化水素(HCN)5個から構成されていることがわかる。これはシアン化水素が5個くっつき合ってアデニンができることを意味している。実際、シアン化水素の濃アンモニア溶液を加熱するとアデニンが生成することが確かめられている。
種々の核酸塩基は次のような経路で合成される。まず、プリン塩基の合成経路を見てみよう。シアン化水素が4個重合するとジアミノマレオニトリル(DAMN)になる。次に、光により異性化を受け4-アミノイミダゾール-5-カルボニトリル(AICN)に変化し、もう1個のシアン化水素がつけ加わり、アデニンやグアニンなどのプリン塩基が生成する。次にピリミジン塩基の合成経路を見てみよう。プリン塩基の原料はシアン化水素であるが、シトシンやウラシルのようなピリミジン塩基の原料はシアノアセチレンである。シアノアセチレンをシアン酸と加熱すると、シトシンが効率よくできてくる。シトシンは加水分解を受けウラシルに変化する。また、シアノアセチレンの加水分解によって生じたシアノアセトアルデヒドがグアニジンと反応し、2、4-ジアミノピリジンになり、さらに加水分解されてシトシンになる経路もある。
シアン化水素のアルカリ溶液を室温で暗所に半年から1年半ほど放置すると、溶液は次第に着色し、最終的に黒褐色に変化する。その過程で分子量500-1000のオリゴマーが生成する。このオリゴマーを加熱、分解しても核酸塩基を生じる。
RNA(リボ核酸)を構成する部品の一つであるリボースは、どのように無牛物的につくられたのだろうか。リボースの分子式(C5H10O5)はホルムアルデヒド(CH2O)の5量体と同じである。このことはホルムアルデヒドからリボースを直接つくれることを意味している。実際、ホルムアルデヒドのアルカリ水溶液を加熱すると糖を生成することが古くからわかっている。この反応はホルモース反応と呼ばれている。だから、リボースなどの糖の始原物質はホルムアルデヒドだったと考えられる。化学進化の模擬実験でもホルムアルデヒドは容易に生成することが証明されている。たとえば、メタンや一酸化炭素と水との混合気体に火花放電や紫外線照射をすると生成する。また、ホルムアルデヒドは星間分子の中にも存在することが明らかにされている。