日本財団 図書館


第3の特徴は金属イオン濃度が極めて高い環境であることである。熱水噴出孔海水は、鉄、マンガン、銅、亜鉛などの金属イオンを普通の海水に比べて1000倍以上多く含んでいる。化学進化の過程においては、金属イオンは重要な役割を果たしたに違いないと考えられている。だから、多量の金属イオンを含む環境は有機合成反応の場として有利である。このように海底熱水噴出孔は、高温、高圧で、還元的ガスや金属イオン濃度が高く、活動的な環境である。原始地球上の熱水活動は現在よりもずっと盛んであったことも示唆されている。海底の熱水システムは、原始生命が誕生した後にも降り注いだ隕石重爆による絶滅の危機から守った唯一の環境でもある。

 

2. 生命に必要な材料の化学進化

原始地球ができ、海や大陸ができ、そのような環境下で原始大気から生命の素の有機物がつくられ、原始生命の誕生の舞台がととのえられて行ったのである。地球上で生命が誕生するとき、突然誕生するわけではない。簡単な物質から複雑な物質を合成しながら、複雑な構造と機能をもった分子システムをつくりながら、生命に至ったのである。原始大気のような簡単な物質から最初の生命らしい形のものが誕生するまでの過程を化学進化と呼ぶ。生命が誕生して今日に至るまでの過程を生物進化またはダーウィン進化と呼ぶ。

化学進化の過程は便宜的に4つの段階に分けることができる。すなわち、(1)原始大気からシアン化水素、シアノアセチレン、ホルムアルデヒドなどの簡単な反応活性物質が生成する段階、(2)反応活性物質からアミノ酸、核酸塩基、糖、脂肪酸、炭化水素などの低分子化合物が生成する段階、(3)低分子化合物が脱水縮合しながらつながり、タンパク質、核酸、多糖、脂質などの高分子化合物が生成する段階、(4)高分子化合物が相互作用しながら集合し、複製や代謝などの機能をもった原始生命が発生する段階である。

生命を構成する分子の素材の大部分は、地球の原始大気からつくられた。その素材を生成させるエネルギー源は、太陽からの紫外線、雷の放電、海底熱水噴出孔や陸上火山からの熱、超新星や太陽からの宇宙線、地球内部からの放射線、隕石や彗星の落下による衝撃波などである。また、その素材の一部は地球形成後、彗星や隕石のような天体から持ち込まれた可能性もある。化学進化の過程を研究することは、物質進化の過程を研究することに他ならない。これまで、化学進化の過程を実験室内で検証する模擬実験が数多く行われてきた。

これまで化学進化の研究において、アミノ酸に着目して多くの研究が行なわれてきた。その理由は、アミノ酸が生物を構成しているタンパク質の素材であり、かつ容易に検出可能だからである。火花放電や陽子線照射実験でも数10種類のアミノ酸が検出されている。タンパク質を構成するアミノ酸とともにタンパク質を構成しない非タンパク質アミノ酸も検出される。このようなアミノ酸は無生物的にどのように合成されるのであろうか。これまで、アミノ酸は無生物的には1881年にドイツの化学者ストレッカーが見つけた有名なストレッカー反応によって合成されると考えられてきた。ストレッカー反応では、まずアルデヒド(RCHO)とシアン化水素(HCN)がアンモニア(NH3)存在下で反応して、中間体のアミノニトリル(RCH(NH2)CN)を生成する。次いで、アミノニトリルは水と反応してアミド体になり、最終的にアミノ酸にまで変化する。

模擬原始大気に火花放電や陽子線照射してアミノ酸がつくられる場合も、反応の途中でアルデヒドやシアン化水素やアンモニアが生成することが確認されている。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION