2-2 地球温暖化とサンゴ礁
サンゴは、熱帯・亜熱帯に分布する生物であるから、水温の上昇には比較的強いのではないかと考えられていた。また地球温暖化が起これば、日本列島のような現在のサンゴ礁分布の周縁域では、よりサンゴの生育に好適な環境がもたらされ、サンゴ礁の分布域が広がるのではないかとも考えられていた。
しかしながら、1997-1998年に起こった観測史上最大規模だった地球規模のサンゴ礁の白化現象は、21世紀の地球温暖化に対してサンゴ礁が壊滅的打撃を受ける可能性を示唆している。1997年-1998年には、同時期に起こったエルニーニョに前後して、熱帯・亜熱帯海域の様々な場所に高水温の異常域があいついで現れた。この高水温によって、世界中のほとんどのサンゴ礁において、これまで見られなかった規模のサンゴ礁の白化(高水温などのストレスによってサンゴから共生藻が抜けだし、やがてサンゴも死滅してしまう現象)が観察された(図5)。白化をもたらした水温異常は、通常年より1〜3度程度の水温上昇が1〜3ヶ月続いたというものであった。
石垣島白保における白化とその後の回復過程は、3章に示した。石垣島白保では白化後2年後にはサンゴ群集の回復が認められた。しかしながら、他の多くのサンゴ礁では、回復の徴候はいまだ認められない。さらに特筆すべきことは、日本列島本州南岸のようなサンゴ礁分布周縁域においても、白化が認められたことである。地球温暖化によって熱帯のサンゴ礁分布核心域では高水温による打撃を受けるが、亜熱帯・温帯のサンゴ礁分布周縁域はむしろサンゴの生育に好適になるという予想は、見事にはずれた。
1997-1998年の白化は、地球温暖化が地球規模でサンゴ礁に壊滅的な打撃を与えることを警告した、自然の大規模なシミュレーションだった。21世紀の温暖化が進めば、1980年以降3〜4年ごとに起こっている大規模な白化が、1〜2年ごとに起こると予測されている。サンゴ群集の回復が異例に早かった白保においても、回復には2年を要している。こうした白化が1〜2年ごとに起これば、サンゴ礁は白化から回復することなく、絶滅してしまうかもしれない。
2-3 CO2濃度の増加とサンゴ礁
さらにCO2濃度の増加も、サンゴ礁の形成を阻害することがわかってきた。CO2が増加すると、海洋が酸性化し炭酸カルシウムが生成されにくくなるというものである。これは、次の化学式によって示される。
CaCO3+H2O+CO2 → Ca2+2HCO3-
(炭酸カルシウム+水+CO2 → カルシウムイオン+重炭酸イオン)
21世紀に大気中のCO2濃度が2倍になれば、炭酸カルシウムの形成速度が14-30%減少するという見積もりもある。サンゴなどの石灰化力が落ちれば、サンゴ礁の上方成長能力も減少し、海面上昇に追いつくことは困難になる。
2-4 将来の地球環境変動とサンゴ礁
地球温暖化のシナリオは、CO2濃度上昇→地球温暖化→海面上昇というものである。砂浜やデルタなどは、このうち海面上昇にだけ影響を受ける。これに対してサンゴ礁は、生物が作った地形/生態系という特徴によって、海面上昇だけでなく、地球温暖化、CO2濃度上昇という、地球温暖化のシナリオのすべての要因によって大きな打撃を受けることがわかった。こうした地球環境変動によって、サンゴ礁の形成が阻害され、サンゴ礁礁嶺が水没すれば、サンゴ礁の持つ「防波堤」としての機能、「堆積物の供給源」としての機能は失われる。