E サンゴ礁環境の物理・化学 ―変化する環境とサンゴ礁―
茅根創 (東京大学大学院理学系研究科助教授)
波利井佐紀 (東京大学大学院理学系研究科博士後期課程学生)
1. はじめに
サンゴ礁は、サンゴなどの生物が作る地形/生態系である。サンゴ礁は、サンゴ体内の共生藻の光合成によって高い有機物生産を持ち、サンゴなどが炭酸カルシウム骨格を作る石灰化によってサンゴ礁地形を作る。光合成生産によって食物連鎖の基礎が、サンゴ礁地形によって住み場所が作られることによって、海洋の中でもうとも生物種の多様性が高い。このようにサンゴ礁は、他の海岸や生態系には見られない特徴を持っている。こうした特徴によってサンゴ礁は、高い生産の一部は水産資源や遺伝子資源として、美しいサンゴとサンゴ礁は観光資源として、サンゴ礁地形は外洋の波を遮る防波堤として、さらに環礁ではそれ自体が人間の居住の場として、熱帯・亜熱帯の人々の生活を支えている。しかし現在サンゴ礁は、地球環境変動と地域的な環境悪化とによって破壊される危機にある。
水惑星プロジェクトでは、サンゴ礁の維持メカニズムと変化する環境との関係を解明し、将来の環境変動に対するサンゴ礁の応答を予測し、生物海岸地形としての特性に基づいてその修復・管理を行なう基礎とすることを目標として研究を進めた。研究に当たり、サンゴ礁がもつ、地質・生物・化学・物理という複合的な特性に、学際的な視点からアプローチすることに留意した。さらに環境変動がグローバル・ローカル両スケールを持つことから、両方向からアプローチした。
「主文」では、グローバルな視点からのアプローチとして地球環境変動とサゴ礁の関係について、ローカルな視点からのアプローチとして石垣島白保のアオサンゴ群落について調査研究を行なったので、その成果をまとめた。「主文」にあらわれるいくつかの基本的な用語は、「Q&A集」で解説した。また、アオサンゴの生殖と群落の形成について、室内および野外においてビデオ資料を作成したので「附属資料」として添付した。ビデオ資料は、石垣島白保のアオサンゴの解説を通じて、サンゴ一般も理解してもらうことを目的としている。
2. 地球環境変動とサンゴ礁
2-1 海面上昇とサンゴ礁
1) 水没するサンゴ礁とサンゴ州島
21世紀末までに、地球温暖化に伴って海水面が50cm上昇することが予測されている。サンゴ礁は、海水面(正確には低潮位)すれすれに広がる平坦面だから、海面上昇によって水没してしまう危機にある。サンゴ州島は、サンゴ礁の背後にある標高数mの低平な島であるが、このサンゴ州島も水没し浸食されたり消失してしまう危機にある(図1)。
サンゴ礁は、サンゴなどの造礁生物の骨格が、ほぼ生息していた場所で積み重なって作った頑丈な地形である。これに対してサンゴ州島は、サンゴや有孔虫など造礁生物骨格の破片(生物遺骸砂)がサンゴ礁の背後に打ち上げられて作られた、固結していない堆積物からなる地形である。サンゴ礁がリング状につらなる環礁において、海面上の地形はこのサンゴ州島である。環礁では、サンゴ州島に人々が生活している。太平洋のマーシャル諸島共和国、ミクロネシア連邦、ツバル、キリバス、フランス領ポリネシア・インド洋のモルディブ共和国などは、国土のほとんどが環礁上のサンゴ州島からなり、この上に住民が生活している(図2)。これらの国々は、自らはほとんど地球温暖化の原因となる化石燃料を使用していないのに、地球温暖化の影響を真っ先にしかも壊滅的に受ける。こうしたことからこれら島嶼国は、先進国に対して温暖化の対策をとることを強く訴えている。