とは言いつつ、退散する気はない。私の貧しい全人格・全経験を遥かに越える発展途上国の逞しさや学生たちの純朴な健気さには、盆と正月、底知れぬ凄味と余りある面白さを享受させてもらっているからだ。と同時に、怖い物知らずで迎えた還暦の記念に、謙虚に死に支度をせよ、と鞭を打たれているようでもある。

教えれば無限の風船舞い上るが、全ては学院拡大路線上の、一時的な瑣末な混乱にすぎない、と羊の群れは草をはむのである。そして、これこそが中国。すごい伝播力で、デマも真相も一夜にして広がり、今なお文革の名残、密告、いや合法的報告制度により、逐一上部に吸収保存される、と私は肌で感じている。
最後に来年の卒業生は、早や人口過密の生存競争に身震いし、運良く自活可能な職場にありつけるか、と今から慢性疲労に陥っている。かすかな彩りは、万が一の日本への出稼ぎの夢。あるいは、貧富の格差著しい農村内陸部に帰郷する気はなく、老いた両親を、この沿海開発準経済特区に呼び寄せたい、と、切ない親孝行実現の期待に身を焦がしている。
そんな健気な学生に接するだけで、贅肉いっぱい垢まみれの老婆は、「快く我に働く職場あり」と、啄木に合掌しつつ、またまた謙虚になるしかないのであろう。長い一年とも一瞬とも思えるこの頃ではある。
8. 学生との絶妙なハーモニー
長春中医学院 809 青木友晴
授業は、本科生(1年生)44人、大学院4人、研修生(医者、薬剤師などの仕事を休んでの、一年間勉強)3人の3クラスを2回ずつの週12時間。補習1回、毎月一回「日本事情」の講座も担当。学生たちは、専門が中医、中薬であり、中医、中薬に対する意欲や姿勢は目を見張るものがある。反面、日本への関心は高いが、留学や日本語をマスターしてという明確な目的がないこともあり、日本語のレベルが全体的に低い。学生は素朴で素直。そんな学生たちの尻を叩いてさせる訳にもいかず、それぞれの学生たちの意欲やプライドを尊重しつつ授業を進めている。中心は会話だが、教科書に、日本語の基礎(小学校〜中学校)、日本のこと(なるべく、実物や写真、本、資料などを見せながら)、「学生の質問に答えて」、歌、レクリエーションゲームなどを織り交ぜながら、学生も私も楽しくやっている。本科生には授業の後、感想を書かせている。その感想が、私をやる気にさせている。ひと言でいう『シンプルな学生と良(い)い加減な日本語教師の絶妙なハーモニー』と思っている。