それは技術ではなく、保育士の心そのものです。
紙おむつは便利なので、近頃では殆どの保育園で使っています。しかし便利だからといって、子どもの排泄行為に目を向けないで、時間で取り替えるようなことをすれば排泄の自立は遅れていきます。それは子どものしたい、或いは今したいという気持ちを誰もくんで手をかけてくれないからです。育てる技術や物がどれほどよくなっても、それに心がなければ子どもは育っていきません。しかし子どもには育つ力があるということが理解できれば、保育はどんなにか気が楽になることでしょう。
D 家庭保育との連携
乳児は、常に自分中心に生きています。お腹が空けばそれを我慢できないから、泣いて求めます。どこか痛い、寒い、暑いなど、からだへの負担があればそれを我慢できないから泣いて訴えます。排泄するという行為に対しても、子どもは周囲に気兼ねなく何かのサインを出します。1歳を過ぎる頃には自由に歩き回って、時には怪我をします。すべてが自分中心です。しかしそのような自由な行為も次第に生活環境に適応するように発達していきます。そして次第に一人の人間が育っていくのです。
しかしこれを乳児の側から考えたとき、昼は沢山の子どもの中での生活であり、夜は昼間そばにいた保育士ではなく、親のもとでの生活です。子どもにとっては全く違う環境ですから戸惑いが生じます。それには多分に保育の内容の違いが関係するでしょう。例えば家で泣いたときに乳を飲むことができるのに、保育所では時間で飲ませられるということもあるでしょう。離乳食の内容も違うし、子どもの行動に対しての周囲からの働きかけも家庭と保育園とでは違うかもしれません。