危機管理システムの思考・行動を社会は求めている。ヒューマンエラー(HE)は人間に固有に潜在する特質であり、人間の進歩発展に不可欠な側面を有する。従いHEの存在を認め、その影響拡大を少なくしていく方策が自然なあり方であり、この考えに則した工夫・管理が肝要である。
(4) 安全対策:安全議論は多くは結果論であり、個々の専門研究・経験技術を集合して安全を確保するやり方である[001]。システム全体としての評価指針の設定や判りやすい安全レベル(安全度水準)に関する研究は少なく、到達目標が設定しずらい。問題点としては、現場担当者の現象的経験への拘りが強く、ばらばらの安全指導と教科書的シナリヲである。結果として全体的安全理論体系による活動の推進の阻害となっている側面が多い。本付別項目で詳細に述べるように、これを補う上で数量化比較評価等による明確な安全度ランキングシステムの採用がわかりやすい。この評価に影響を及ぼすパラメータは、今まで実施されていなかった体系的な設計段階におけるリスクアセスメントにおける手法(ISO/IECガイド51―初版―によればこれを「組み込み安全」と言及している)の深度とその透明性、検証と運航の管理側面である。これを荷主が合理的に評価していく社会システムの構築が大切である。これにより社会にとって重要な安全の品質管理側面に実効が見込まれる。油流出の如く致命的事故時には、結果によっては船舶を選定した荷主にも何らかの結果連帯責任が求められよう。
事故未然防止へのニューアプローチとして安全工学の元学会長である秋田一雄は自然科学的手法についての拘りと、それによる問題解決の困難性について次の解説をしている[002]。
事故事象は原因系、現象系と結果系の領域に分けることが出来る。現象系の場合、発生には予防、成長には抑制、効果には防御という用語が使われている。結果系には補償、国家賠償法、保険という言葉が使われている。原因系への対策は予測、評価調査が相当する。事故を防ぐ上でもっとも基本となるのは出来る限り未然に防止するにはどうすればよいかが重要である。未然防止の方策には現象系からと原因系からの次ぎのアプローチがある。
現象系からのアプローチ:客観的に危険の所在や危険発性の仕組みを明らかにして未然防止を図ろうとする方法であり、現象論的ないしは自然科学的なアプローチといえる。
原因系からのアプローチ:原因を構成する物と人の関連を直接視野に入れた社会的ないしは人間挙動的なアプローチといえる。
原因系のアプローチは事故原因が人と物からなる複雑系の様相を呈しており、現象系のような自然科学的手法だけでは未然防止は難しいという思想がある。この二つの未然防止のアプローチは対策の視点からみれば、前者は現象の延長線上で捉えようとする方向であり、後者は原因系の構造から捉えようとする。これまでの方策は前者のほうに偏りすぎているといえる。
危険予測や事前評価において、問題を自然現象と同じ手法で解明しようとしてきたと思われる。そこでは経済や慣習を含む社会状況や人間の挙動はほとんど二の次であり、人間工学なども人間という名を冠しているが内容は自然科学的手法と同じ立場である。指向する方向は現象系アプローチだけが現状である。価値中立的で客観的な、物だけを相手にした自然科学的立場・方法論だけでは事故の未然防止という問題は解決しない。自然科学とは異なる価値を含む分野の研究者の積極的参加が求められる。