人間は瞬時の判断は十分な時間がある場合とは異なり、安全論も時間的制約ファクターを取り入れた思考体系と機能要件が必要である。これが不足するととかく現場作業者の責任追及となる傾向が強い。大きなストレス発生時には人間は極く短時間しか適切な判断は難しく、ミスを犯しやすい特性がある。従って、適切な支援により思考プロセス上において時間的余裕を創出できる自動化をもとに、自動化システムと人間の間に介在するインターフェースが人間の自然感覚・動作にマッチした使い易く、有用なユーザビリティ性をもたせることが特に必要である。システム設計者は従来この面への考察・知見が欠けている。
ジェームズ・リーズンは、病原体の比喩を例示し、潜在的失敗は体内にいる病原体と同じようなもので、外部要因と一緒になると発病するといっている。例えば英国上院での証言ではライフサイクルにおけるシステム設計等の不備について次のように述べている。
「現場のオペレータは、事故の第一原因ではなく、ひどい設計、不正確な設備、間違った保守、不適切な手順と管理の決定などによって作り出される‘病原体’のキャリアーに過ぎない。オペレータによる第一線における安全とはいえない行動・仕事は、大局的には後方部隊の間違った判断から生じる。」
一方システムの現状を把握して、適切な安全目標を設定することは現実的な対応として非常に重要である。対応策としてリスクの削減、移転、排除の方法がある。
ここで許容安全の意味は社会の価値観に基づくとしている事からしてもユーザ、産業風土や価値観に基づくことが重要である。日本における安全に対する考え方の特徴をユーザである海運関係者から見て整理すると以下となる。
(1) 規則のみの重視(規則依存症):規則に対する依存度が大きく、ユーザ独自の判断基準を持っていない。規格・規則自体は構造、設備規定が多く、機能規定は少ない。ただ条約証書を保持していれば安全は十分であり、機能と管理システムの深度に関係なく、各船同じレベルであるという意向が強い。安全対策は人間の教育を主としているが、その成果と信頼性のばらつきは時間・空間・環境により変化するので説明責任が出来ない面がある。経済的目先優先と確かな技術成果が不足していたので、とかく人間の数依存型となり、技術革新とその採用が遅れているのが安全に対するオールドアプローチであった。安全問題は技術論だけではなく、社会基盤の上でも議論される必要がある。また、国際規格では、システム的な安全確保と企業の自主的安全継続を含んだリスク・マネジメント体制の確立を求めている。
(2) 目標:安全第一、人命は地球より重い等の抽象的・絶対安全を目指す言葉が多く、これは心快く響くが実用的でないことが多い。定量的な安全目標を掲げたり、人間の数とその能力に依存する安全の限界を認識する必要がある。
(3) 事故拡大防止:対策の重点は事前防止であるが、大事故への拡大防止の視点が少ない。