その人は、ある福祉法人にそっくり寄付(遺贈)することにし、170万円の分とは別の遺言公正証書を作りました。遺贈する財産は預貯金約4000万円です。
私の推測ですが、その人は、自分の死後、人に迷惑をかけたくないという強い気持ちから、不動産など処分に手のかかる財産は売却して預貯金に替え、アパートに移り住み、生活に最小限必要な動産類だけを置いてつましく暮らしているようです。自分の死後は、この動産類をBに処分してもらい、電気・水道・ガスなどの契約もBに解約してもらうのだと言っていました。
体格がいい人なので、何かスポーツをやっているのですかと尋ねたら、山歩きか好きなだけです、それに最近は人並みにインターネットも始めましたと笑っていました。
二つの遺言をし終わって証書を渡したあと、今のお気持ちはどうですかと心境を聞きました。
「やあー、これで安心してのびのびと過ごせます。実に爽快な気持ちです」
愛唱歌・北上夜曲の一節に「旅の衣を整えよ」という歌詞があります。遺言の一番の効果は、安心ということ。旅衣をきちんと整えて後顧の憂いをなくし、あとはのびのびと生きる。いいな、と思いました。