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これができてからは、ベンチに腰掛けての悩み相談が本格的に始まりました。ときさんも、日に何度か腰掛けるのですが、それを待っていたように、見知らぬ人までが悩みを打ち明けに来るようになりました。大抵は相手が吐き出すグチをただ静かに聞いてあげるだけ。「一時だけでも聞いてあげれば、その人の気が済むのでは」と、なるべく深入りはしないようにしているのですが、それだけでは済まないケースもしばしば出てきます。

「夫が半身不随で困っている」といった深刻な問題になると、「ウチの嫁はこういうことには詳しいから」と八重子さんに「話を聞いてあげてね」とバトンタッチ。「義父の介護で鍛えられた」という八重子さん。義父、つまり、ときさんの夫の介護の時、福祉や介護のこと、地元の各種サービスなどを徹底的に勉強しました。

その知識を、義母が要介護状態になった時に再び生かす機会が訪れました。ときさんの場合は、完全に八重子さんがケアマネジャーの役を果たし切ったようです。実力はプロ並みだが、無資格だから、手当てなどとは関係ない。「わたしは無冠の帝王なのよ」と笑う八重子さんです。

彼女が、ときさんからバトンタッチされたケースを、既に馴染みになった在宅介護支援センターにつなげたりして、何人も介護保険の適用を受けさせたといいますから、姑と嫁の絶妙のコンビで心配事相談所を開いているようなものです。彼女等の周辺でも、プロのヘルプを拒む家族が少なくないのですが、そんなとき、ときさん自身、杖をついて説得に出向くこともあるといいます。

それにしても、ときさんがベンチに座るだけで、市民がこんなに悩み事を持ってくるというのも不思議な話です。彼女の風貌か話し方に、悩みを抱えた人を引き付ける要素があるとしか考えられません。

もう一つは八重子さんの存在です。彼女が市井のケアマネジャーとして、父母に対して実績を残しているのを周囲の人は知っているようで、「(ときさんを通じて)あの人に頼めば何とかしてくれる」という風評が立っているらしいのです。現に「もう六、七年たったら、八重子さん、頼むね」と早々と予約を入れている高齢者もいるようです。悩み事を引き出す名人と、それをプロにつなげてくれる名人がコンビを組めば、鬼に金棒というわけです。

 

 

 

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