私ももちろんマラッカ海峡を走るときは通常、船尾のデッキに最低限1人は立てて、放水の準備はしているし、いろいろといままで普通に各船がやってきたことはやっています。港には入れば海賊ワッチということで、当直の人間を増やしています。現実に、現在の船で人数的にたくさんの人間を割く余裕がないのです。これはほかのパートの、たとえばご飯を作る人、エンジンの人をこの海賊のワッチに立てても意味がないのです。
当直に入る人以外は、あとボースンと見習いセーラー1人しかいないわけです。この人を常時1人ずつ立てたとしても、航海中たくさんできないのです。いま人数が少なくなっているということで、もっとたくさん乗っている船だったら、厳重にできるのでしょうが、実際にあそこを抜けるのはかなり長い間になりますので、本当に短い水道かなにかで動員しろというのならできるのですが、1日以上かかるようなところでそういうワッチは実際なかなか組めないです。
それから、今度の場合になぜ当直も立てなかったと言われますが、積地で4日半ぐらい、徹夜で荷役をやっているわけです。全部の人間が常時起きていたというわけではないのですが、交代でやって、徹夜作業をずっとつきあってきていました。出る前にかなり忙しい作業が多いので、出たときにはくたくただと私としてもよくわかっていました。
それほどの危険区域だったらやったのですが、私の印象ではそれほど危険な所ではないという間違った先入観があったものですから、今晩はゆっくり寝ろということで寝かせました。私が泥棒ワッチをオーダーすれば、私が上に上がらないとすれば普通当直の二人と、泥棒ワッチの3人です。私が代わりにいれば同じ3人ではないかと、明日シンガポールを抜けるまでは私がずっとついているからということで、明日の夜は増員するけど、今日は自分がやるとしました。
ちょっとシャワーを浴びているというそのぐらいの間に、まさか乗ってくるとは考えなかったのです。現実に乗ってくるのを誰が見たのかというと、お恥ずかしい話なのですが、誰1人乗り込んだ現場をみていないのです。気がついたときにはブリッジまで来ていたというのです。急に襲われたものですから、いっさい緊急信号をできないというか…。もちろんイーパブがブリッジの反対側にあるのですが、そちら側から入ってきているのです。もう押さえられていました。
チーフメイトはかなり若かったけれども、いろいろテレックスとかも詳しいし、気が利いている男だから、その前からクアラルンプールの海賊センター宛てにそういう文を作って、スイッチを入れれば出るようにまで用意していたのですが、それすらできなかったのが現実です。一挙に入られたというか、海賊に押さえられていました。