時計一つない状態、概略の位置すらつかむことはできない、海図自体何一つない。せめて世界全図でもあればと思ったのですが、世界全図どころか何もない。何年船に乗っていたからといって、島の緯度から経度まで全部暗記しているほど、通常海図を見て航海している人間に知識はないので、赤道がどこを通っているかぐらいしかわからない。漂流はどこから始まったんだろうということを、非常に心配していたのは事実です。
それから3日、4日以内でしようか、大型船がまとまって通るところも遠くに見たことがあったのですが、見つけてもらうには無理な距離で、5マイルか6マイル過ぎるぐらいの距離でした。それが風下方向だったのでいずれそのへんに行くだろう。そこがメインのルートだったら、そのへんで筏をなるべく流さないようにして、救助されるようにしようと考えていました。
スピードといっても知れていて、流れるスピードというのはどうせ1ノット、せいぜい1時間に2キロぐらいのスピードしか出ないものなのです。おわかりと思いますが、ライフラフトというのは乗って、ただ浮かんでいるというだけのもので、普通のライフボートのように船の格好をしているわけではないのです。
推進装置というものはまったくなく、エンジンももちろんない、帆も何もない。オールも継ぎ足しのプラスチック棒のようなものが2本あるだけですから、両側でいくら一生懸命漕いでも、ほとんど動かないような状態で、風下側に流れているときにそれにスピードを足すとか、多少方向を変えられるという程度の使い道しかない。
これはどこに流れていくかわからないけれども、とにかく岸に流れ着くまでには、大変な時間がかかると考えられ、救助してもらうしか方法はない。これはライフラフトの宿命で、通常の場合は無線装置という位置を知らせるものがあるので、乗り込むときはそういうものを持って乗り込みます。普通イーパブと言いますが、そのスイッチを入れると船の船名と位置を打つ装置です。
それはもちろん海賊に押さえられてありません。普通、漂流する場合は位置がわかるように時計とか暦類、チャート、セキスタント、六分儀といって天体の高度を測るものなどがあれば、船の概略の位置を計算することができますが、そういうものはもちろんいっさい与えられていません。