漂流が始まってから6時間も経たないぐらいです。朝になって気がついたのですが、ちょうど西の方角に小さな島が見えました。これがどこかはまったくわからないのです。いまだにわからないのですが、明らかに島でした。島に行けば助かるというか、とにかく陸に上がれるということで、フィリピンの船員たちはそちらに向かって漕ごうと言いました。しかし20マイルを筏で漕ぐということは、特に風や潮がそちらからきている場合には、いくら漕いでもほとんど進まないどころかバックしてしまう。それが現実なので、疲れるだけで無駄だからやめろと、私は漕がせないでそのまま流していました。
朝の10時ぐらいだったでしようか。ちょうどその島のほうから、回り込んでこちらに向かってくる、おそらくケミカルタンカーだと思いますが、赤い七、八千トンぐらいの船がありました。こんなに早く船に会えると予想していなかったので、意外に早く救助されるかとそのときは喜んだんです。実際にその船は2マイルから3マイルぐらいのところを通過して行きました。
何か信号を送らなければということになりましたが、昼間だと明かりがつくような信号はまったく使い物にならないので、普通のライフラフトに積んでいる信号なのですが、二つだけあるのは、水の中に落とすと黄色い煙を出す信号があるのです。それをさっそく試してみようと思って入れたのですが、風が吹いていると煙というのは上にあがらないで、ほとんど水面に沿って流れてしまって、遠くから見てもほとんど発見することはできないことを知りました。
向こうが見つけてくれなければどうしようもない。見ていたのですが、その船は全然進路も変えずにそのまま消えていってしまいました。それがシンガポール方面かどうかその時点ではわからない。これはどこなのだろう。おそらくそう遠くには来ていない、一晩走っていたけどたいして速い船ではないし、それほど離れていない。陸に近いところでは、どうせ放してくれないと考えていたのです。
スマトラの北に放されたのか、南に放されたのか。そのへんが非常に心配でした。北側だったらマラッカ海峡もありますし、船の交通が比較的多いということで、こちらにチャンスが多いのではないかと思いました。しかし南側に行くと、いくつか小さい島はあるのですが、見えた小さい島がそれだったとするとそちら側はほとんど船の通りがない。陸に流れ着けば別ですが、船に救助されるという可能性がほとんどないだろうと心配していたのです。