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岸壁は陸の監視があるのであまりこないのですが、沖で停泊しているときは、必ずそういうのがねらっているというのが常識なものですから、われわれが言うドロボウワッチというのを立てて一晩警戒していたのですが、あまりそういう船も見えないので、安全な場所なのかなという印象がありました。

18日に岸壁につけてから、荷役は24時間ぶっ続けでしたが、ちょうど雨の多い季節で、雨が降ると中止、休憩の時間もあり、当初は3日半ぐらいで終わると思っていたのですが、実際には4日半ぐらいかかりました。10月22日の夕方に積荷が終了して、出港したのは20時10分ごろでした。次に行く港は日本の九州の三池でした。シンガポールを回って、南シナ海を通って日本に行くという通常のコースで行くつもりで出航したのです。

夜の10時、出て2時間ぐらい経ったときに、わりに浅いところを通過しました。二つの灯台があって、その間を通過するとちょうどシンガポールへ向かう航路になる、危なくない所に出たので少し安心でした。海賊への警戒は必要だったのでしょうが、有名なマラッカ海峡の海賊は、主にシンガポールに近いところ、われわれがフィリップチャンネルと称している、シンガポールに入る手前のところで非常に多く起きているので、その辺りを通るときは十分警戒しなければいけないと思ってはいたが、出航した時点では、明日の朝まではそれほど危険地域ではないという間違った考えを持っていました。

私がやられる1年ぐらい前に“テンユウ”という船がここでやはりわれわれと同じ荷物を積んで出てやられて、乗組員もどこにいったかわからないという事件があったという情報が私のところにきていなかったものですから、ここが危険地域だということを認識していなかったのが実際です。

10時に安全な航路に向けて、漁船もあまり見えないし、その次のクアラルンプールに一番近いワンファゾムが少し狭いが、そこを通るのは朝なので、それまでの間はいいかなという気のたるみがあったのは事実です。汗だくだったものですから、シャワーだけ浴びてまた上がってくる当直の三等航海士に頼んで下に降りました。そしてシャワーを浴びました。

通常では出航すると、何時に出航してどこの港に着くなどテレックスで打っているものですから、ほとんどは書き上げていた原稿に時間や積荷の量といった数字を記入していました。

そのとき、私の部屋の上がちょうどブリッジなのですが、そのへんで叫び声や変な足音が聞こえました。それに続いてマイクで、何を言っているかは聞きとれなかったのですが、すごく異常な声がしたものですから、これは上で何か起きたと思い私の部屋のすぐ脇のところの階段を駆け上がったのです。

 

 

 

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