クアラタンジュンはスマトラ島のマラッカ海峡沿岸の町で、日本の経済協力で作っているトバ湖の水を利用した水力発電所があり、その電気を使ってアルミニウムの精製を行っている輸出港です。ほとんどが日本、韓国などアジアの先進国向けにアルミを輸出する港になっています。そこから出てマラッカ海峡に入ったあたりでいなくなった。最終的に船は中国で見つかったのですが、その間にどこに行っていたのかということをあとで検証しました。
10月16日はミャンマーのヤンゴンで積み荷を売却したと言われています。これは韓国が調査して、この売却に携わったブローカーを逮捕したことから判明しています。このときには“テンユウ号”は“ビットリア”という名前になっておりました。次には11月の初旬に“ハナ”という名前でフィリピンに入っていました。これもあとから見つかっています。そして11月24日には“スカーレット”という名前に変わって、マレーシアにいました。
そしてマレーシアから今度はインドネシアのドマイという町に来て、ここでパームオイルを載せて中国の張家港に向かった。そして張家港に入ったところで中国当局に拘束されてこの船が“テンユウ”であることがわかりました。テンユウから、ビットリア、ハナ、スカーレット、サンエイ1と、3ヵ月の間に4回も名前が変わって、五つの名前を持ったわけです。これは実在している同じタイプの船、名前を使っています。
偽の証書を作り、犯行ができるだけわからないように巧妙な計画を立てています。インドネシアを出た船がミャンマーで荷を売りさばいて、次はフィリピンに入って、マレーシアに入って、またインドネシアから最後は中国です。2年前の国際コーストガードの協力関係ではまだ海賊というのは公海上の犯行だという程度の認識だったので、これだけ動かれると捜査はその段階ではできませんでした。本当に国際的なシージャック、海賊犯行の典型的な例だと思います。当初“テンユウ号”に乗っていた2人の韓国人と12人の中国人の方はいまだに行方がわかりません。おそらくどこかで亡くなってしまったのではないかと想像されます。
“アロンドラ・レインボー号”事件が昨年10月22日に起こりましたが、これは皆さんも多少ご存知かと思います。これもクアラタンジュン、“テンユウ号”と同じ港から出て、アルミインゴット7000トンを積んで日本の三池港に向かっていました。これは日本のアルミニウム関係の大手5社が共同輸入するアルミでした。アルミ7000トンというのは荷を降ろすと、小山にして四つできるそうです。大手が5社まとまらないと、必要にならないくらいの量だそうです。なかなか量的にも大きなもので、被害もニュースでは13億円相当と言っておりましたが、なかなかの被害額だと思います。