しかも船に乗ることは大変につらいことなので人が集まらない。当時の船員の集め方というのは、酒場などに腕っ節の強い船員たちが行って強引に捕まえてきてしまう。そういうのをプレスギャングと言います。陸上の港にいる人間を有無を言わさずかっさらっていくことを、英語の単語でシャンハイ(shanghai)と言います。上海でよくやったからかもしれません。(笑)動詞でシャンハイというと、強引に船に連れて行ってしまうという意味だったんです。ちゃんと辞書に出ています。
強引に連れて行かれてどういう生活をするかというと、平水夫になったら階級制度の厳しい非常に辛い生活をしなければならない。飯はまずい、少ない、壊血病になる。それでもこき使われる。ちょっとでも上官に反抗するとすぐに鞭打ちの刑になる。それだけならいいけれど、殺されるやつも出てくる。海賊というのは、ある意味ではそういう階級社会の制度を逃れた連中なのです。
ですから海賊の世界は非常に民主的なんだそうです。全部が合議制です。船長もみんなで選ぶ。選んだ船長が気にくわなければ辞めさせる。それから海賊が略奪したものを盗む者がいたら全部死刑。略奪品はすべてみんなで持ち寄って決まった割合で分ける。非常に平等に民主的に分けていく。そういう社会だったのです。ですからある意味では自由とか、友愛とか、そういう精神を、フランス革命に先駆けて獲得した社会と見ていいのではないか、と『海賊大全』でいっています。
そして、そういう一種の自由な理想郷をマダガスカル島に作ろうとした海賊たちがいたそうです。マダガスカル島は18世紀以後、海賊の巣になるのですが、例の有名なキャプテン・キッドはマダガスカル島を基地にしました。海賊の理想郷をリバティーリアという名前で呼んだそうです。つまり自由の里です。リバティーリアをマダガスカル島に作ろうという海賊たちがいて、それは実際にはできなかったんだけど、海賊はそういう理念を持っていた。そういう側面も海賊にはあった。これを最後に付け加えておきたいと思います。
アジアの海賊の話になると、これはまったく別の話ですから私の話の範囲外になりますが、これはこれでまたおもしろい事実があります。アジアの海賊については私が先ほど申し上げた『海賊大全』の中で2章ばかり割いて書いてあります。特に重要なのは中国の海賊です。それから現代の海賊ではマラッカ海峡インドネシア、フィリピンのあたりの海賊の問題は非常にアクチュアルな問題で、この間もマラッカ海峡で捕まって行方不明になった船長の談話が出ていました。被害届を出すと保険が高くなってしまうから、そういう目にあってもひた隠しにしている船会社もあると聞きますが、海賊の問題は現在でもわれわれの身の周りで起っています。