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これはローマ側から見れば明らかな異端行為です。

そうするとイギリスとスペインの仲がだんだん悪くなってきます。仲が悪くなってくると、いろいろ衝突事件が起こります。たとえばメディーナ・デル・カンポ条約によれば、両国の商人は自由に相手国で商売してよろしいということになっているが、スペインでイギリスの商人がいろいろな妨害を受ける事が起ってくる。そうすると宣戦布告までいかなくても、非常に険しい関係が両国の間に生まれてくる。そのようにだんだん悪化する情勢の中で、まだ宣戦布告まで至らない前に始まったのがプライヴァティア、私掠船の活動です。

これには一つ大きなきっかけになった事件があります。イギリスにおいでになった方はご存じかもしれませんが、ロンドンから汽車で南のほうに行くとプリマスという名前が出てます。ロンドンから急行で3時間ぐらいです。このプリマスというところは、これからするお話でも非常に重要なところです。海岸が丘になっていて、そこから英国海峡を見渡せる非常に景色のいいところです。ここは昔から船乗りたちがたくさんいて、航海者がたくさん出たのです。そこでプリマスから出た航海者たちはヨーロッパとかあるいはほかの地域、大西洋諸島とかあるいはアフリカとか、そういうところに航海して商売を求めていました。

そのうちにジョン・ホーキンズという若い船長が現れて、非常に新しいことをやりました。何をやったかというと、ロンドンから船で出て西アフリカに行ってギニアとかシェラレオネとかで奴隷を買って、大西洋を横断してアメリカに運んだのです。主にいまのベネズエラとかコロンビアの海岸、カルタヘナとかに持って行ってスペイン人に売ったのです。これがすごく高く売れるんです。大変儲かる。これはいいぞというわけで、航海してからまたイギリスに帰って仕入れる。奴隷を買うのは安く買える。おもちゃのガラス玉とかで買える。場所によっては銃がほしい、小銃がほしいという酋長もいますが、とにかくこういうふうにして2回航海をやった。

2回もやられるとスペイン人は頭にくるわけです。スペイン人はアメリカ大陸を占領してから、「ここは俺たちの領土だから、ほかの連中は入れない」と決めています。そこへ外国人がやって来て勝手に奴隷貿易をやる。これは許しておけないということになる。ところがどうもジョン・ホーキンズというやつは、メディーナ・デル・カンポ条約があるから、こういうことはいっこうに構わないのだと考えていた節があります。まことに悪びれずに堂々とやっていました。

 

 

 

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