海の主役の交替です。ギリシアが、あれほど見事な文化を築き、当時の世界で覇権を握ることができたのは、彼らが海洋民族だったからにほかなりません。
しかし、根っからの海洋民族というなら、それは、やはりフェニキア人ということになるでしょう。彼らこそ、まさしくリヴァイアサンでした。と言っても、フェニキアは近代国家のような国ではなく、現在のレバノン一帯に分布する都市国家の連合体といったものでした。そのなかで、とくに強大だったのがテュロス、シドン、ビブロスという都市でしたが、やがてテュロスが勢力を伸ばし、中心的な役割を担うようになります。
この地域は、背後にレバノン山脈が迫る細長い海岸地帯で、農耕面積は極度に狭く、そのかわりに多くの良港に恵まれている。フェニキア人が“海の民”になったのは、まさしく地勢のしからしむるところでした。彼らは天然の良港を見つけて、そこにいくつかの都市を築き、もっぱら海上貿易に活路を見出しました。さいわい、レバノン山脈が高い城壁の役目をし、そのうえ船を造るにもってこいの良質なレバノン杉を供給しました。フェニキア人はそれを利用して造船に励み、たちまち世界一の“造船大国”にのしあがり、地中海貿易を一手に握って“経済大国”への道を歩みます。いまは岬になっていますが、テュロスは海岸から一キロ離れた岩だらけの島で、そこから「ティロス=岩」と名付けられたのです。言うなら、この島は、オリエントの“マンハッタン”でした。