やがてD号船長はK丸が十分替わったものと思い、元の針路に戻すため右舵20度として回頭中、7時14分、船首至近に再び同船を視認したが避航措置を取ることができず、7時14分、大王埼灯台から133度4.2浬の地点において、D号の船首がK丸の左舷後部に衝突した。
K丸の経過
K丸(船長以下4名で運航)は4月3日14時30分、京浜港東京区を発し兵庫県東播磨港に向かった。
4月4日6時頃、視程が約100mになったので自動吹鳴装置により霧中信号を開始してレーダの監視に当たり、10.6ノット(機関全速)で自動操舵によって航行した。
7時00分、視程は100m以下に狭められ、レーダには船首に数隻の映像が映っていたものの、当直交代のためすでに昇橋していた二航士が船長経験を豊富に有していたので、引き続き在橋して自ら操船の指揮をとることなく同人に船橋当直を任せて降橋した。
方、二航士は、昇橋時、左舷船首23度5.1浬にD号のレーダ映像を探知し、同船に電子カーソルを合わせ、レーダ監視をしながら自動操舵によって続航した。
7時3分頃、二航士はD号のレーダ映像の方位がほとんど変わらず2浬となったが、最小限度の速力に減じず、必要に応じて行き脚を止めることなく右転によってD号を左舷に替わそうとし、7時5分、自動操舵で針路を245度に転じ、その後、手動操舵に切り替え右転を続け7時10分には300度とした。
7時12分、左舷前方にD号の霧中信号を聞き、左舷船首至近にほぼ並航するD号を視認して右舵一杯を取ったところ、数秒後に同船が再び霧の中に入って視認できなくなり、間もなく舵を中央に戻し330度に向首して続航した。その後、7時14分頃、左舷側至近にD号のレーダ映像を認め、右転しようとして舵輪に手をかけたときK丸はD号と衝突した。