メージャー首相のもとで、公共サービス改善に対する独自性を出そうとして公表されたのが「市民憲章」(Citizen's Charter)であった。この白書は1991年に公表され、公衆に提供されるサービスの質の改善を強調して、国民へのアピールをねらっているが、他面、限られた資源の枠内での市場原理に基づく消費者選択という側面を持っていた。これらの概念は米国のピータースやウォーターマンのようなコンサルタントによって発展させられた1980年代の民間企業の管理思考を反映していた(例えば、Peters and Waterman, In Search of Excellence, Harper & Row, 1982参照)。
市民憲章の原理を実施するメカニズムは、基準と結果の公表、サービスの運営方法についての情報、顧客との協議、利用しやすさ、より有効な苦情処理手続を含むとともに、民営化の拡大、競争の推進、外部委託の拡大の重要性を強調する。こうしてすべてのエージェンシーは、市民憲章の原理にコミットし、その顧客に対するサービスの質の改善方法を年々提言するように期待されている。とくに、国民に直接サービスを提供するタイプのエージェンシーは「市民憲章の実施手段」と見なされ、各エージェンシーの憲章(Charter)を発展させ、その多くが、業績優良な行政機関に与えられる憲章マークの取得者になった。
さらに、1992年の総選挙の辛勝ののち、メージャー政権下での行政改革が本格的に推進されることになった。1991年の「質の向上をめざす競争(Competing for Quality)白書」のもとで、1992年から市場化テストが実施されてきた。この市場化テストとは、各エージェンシーや各省庁に民間部門からのサービスの購入コストとの対比で内部からの供給コストをテストするように要求するものであり、前述の事前選択は5年ごとのエージェンシーの見直しのさいにも、さらに強く推進された。
また、これらの改革を総合的に推進するための新しい体制作りに着手した。それは行政改革を担当してきた公務員制大臣庁の公共サービス・科学庁(OPSS)への改編、ネクスト・ステップス・チームと市民憲章室、市場化テスト室の公務員制大臣の下への統合であり、担当大臣のワルダグレイブの就任であったが、同時にネクスト・ステップスを強力に推進してきたケンプは解任された。これは市場化テストの推進をめぐる意見の対立が原因だといわれるが、NSAsの拡大にはそれ程大きな影響を及ぼさなかった(九つのエージェンシーが民営化されたが、1998年3月の時点でNSAsの数は138にまで増大した)。