けれども、後述のように、独立行政法人の組織と運営に対する主務大臣の権限は、イギリスのそれと同程度に相当広範にわたっており、独立行政法人の自主性の確保とこれに対する大臣責任の明確化について、理念的にも制度的にも、より踏み込んだ議論が必要だった筈である。敢えて穿った見方をすれば、むしろ現実の独立行政法人については、こうした議論を必要とする部分を意図的に避けたがゆえに、実際に独立行政法人化される機関の選定が、本省の企画立案部門(大臣責任に関わる部分)との組織上の距離が、従来から比較的希薄な形で運営されてきた諸機関を俎上にのせる形で、進められてきたと言えるのではなかろうか。新たに導入されるべき組織について、目的に関する本質的議論を踏まえた改革の「手順」よりも、制度創設という目に見える「結果」を優先させたことの一つの帰結であろう。かつて臨調・行革審による行政改革にその中枢で関わった増島俊之氏は、自著のなかで次のように述べている。
「また、『手続きにかかずらうな。あくまで結果なんだから』というようなことになった時には、力の弱い人たち、あるいは声の小さい人たちに対するしわ寄せが必ず起こるわけですから」9)。
イギリスにおけるエージェンシー機関の具体例と、日本における独立行政法人化される膨大な数の文教および試験研究機関のリストを見較べた際に感じる違和感に、増島氏の述べた懸念を想起せざるをえないのである。
こうした点を踏まえたうえで、独立行政法人に対する主務大臣の権限と責任をめぐる論点について、制定された通則法および個々の設置法の条文に照らして推測できる範囲内で述べておきたい。
通則法の規定によれば、主務大臣は独立行政法人の組織および運営に関して、長および監事の任免(通則法第14条、23条)、中期目標の策定、指示および公表(同法第29条)、中期計画の認可(同法第30条)、財務諸表の承認(同法第38条)、財産の処分等の認可(同法第48条)、国会への報告(同法第60条)、業務並びに資産・債務状況に関する報告の要求と検査(同法第64条)、違法行為等の是正(同法第65条)、財務大臣との協議(同法第67条)について責任を有するとされる。これらの大臣責任の範囲については、概ねイギリスのエージェンシー制度と、ある程度まで共通性をもつと考えられる。これらのなかでも、特に重要性をもつのが、人事権と中期目標の策定に関わる責任であろう。人事権については後述するとして、中期目標の策定は一定期間にわたり当該独立行政法人の運営に最も重要な制約を課するものである。