しかるに、第一部第1章に記述されているように、日本の90年代行革における行革会議での議論や、これと並行する政府レベルでの検討作業の過程は、イギリスにおけるそれとは相当異なる態様を示す独立行政法人の導入をもたらすに至った。あえて結論的に言えば、それは資本主義諸国での行政改革において、一つの潮流となりつつあったNPMの意義と問題点を、日本の行革の方向性のなかでどのように受けとめるべきかという本質的議論が必ずしも明確に交わされる以前に、エージェンシーの制度化が既成事実化されていたことの帰結であると言えよう。
したがって、こうしたエージェンシーからの乖離が生じた過程を検証することは、独立行政法人の本質を理解するために不可欠な作業である。こうした過程の分析は第一部第1章の主題であるが、以下では、エージェンシー・モデルの踏襲と乗離を念頭に置いて、独立行政法人の組織特性の問題、大臣責任と独立行政法人の自律性の問題、公務員身分の附与と定数削減の問題の3点―換言すれば独立行政法人の「組織」、「業務」、「人」に関わる問題―について、独立行政法人全体を横断する総論的課題として、検討の対象としたい。
(1) 独立行政法人の組織特性 ―特殊法人との関係について
第1の論点は、独立行政法人の組織としての特性である。イギリスのエージェンシーが国家行政組織の一部としての性格を与えられ、政府の行政権行使の責任の範囲内に位置づけられているのに対し、独立行政法人は、政府による公的サービスを担当する機能をもちながら、個々に法人格をもつ独立した組織としての性格をもつ。それゆえ、独立行政法人と従来のいわゆる特殊法人とよばれる諸組織との区別が不明確になっていることがしばしば指摘されている2)。行革会議レベルでこの制度の導入が議論の対象となって以来、かなり早い段階から、マスコミによる批判的見解の一つとして「特殊法人もどき」「両刃の剣」「特殊法人の二番せんじ」などの表現で、特殊法人との組織的類似性についての懸念が示されてきた3)。したがってここでは、独立行政法人の組織としての特性を理解する前提として、独立行政法人と特殊法人との共通点と相違をどのように評価すべきか、あらためて確認しておく必要がある。
独立行政法人という名称については、故田中二郎教授の行政組織法理論で「特殊行政組織」として示された見解を援用したものとされる。同教授の記述によれ、「独立行政法人」とは「特別の法律の根拠に基づき、行政主体としての国または地方公共団体から独立し、国から特殊の存立目的を与えられた特殊の行政体として、国の特別の監督のもとに、その存立目的たる特定の公共事務を行なう公法人」4)と定義される。