43) 議事概要には個々の委員の意見は掲載されていないので、この部分は新聞報道によっている。『読売新聞』『産経新聞』1997年8月12日付。
44) 芦田氏の意見では「各省庁が実施機能として分離できる業務を明らかにすべきだ」と制度導入を容認したうえで、対象業務について個別の検討に応じる姿勢を打ち出している。『朝日新聞』1997年8月9日付。なお、この記事の見出しは「エージェンシー制導入へ連合、条件付き容認」というもので、官公労との調整を経たうえで芦田委員が条件付き容認に転換したことで。エージェンシー制度の導入が事実上固まったと報じている。
45) 『産経新聞』1997年8月12日付。
46) 第19回、20回の会議において、事務局が討議資料を作成することが「事務局主導」にあたるのではないかとする議論があったのを受け、7月23日の第23回会議の終了後、橋本総理が両主査を官邸執務室に招いて、「あらゆる圧力に負けず学者の良心にかけていいたたき台をつくってください」と述べ、中間報告のたたき台となる討議資料の作成を要請した。藤田宙靖「行革会議委員全内幕を語る」『文藝春秋』1998年2月号、389頁。事務局主導が論議になった経緯は、田中一昭・岡田彰、前掲書、45−47頁。なお、すでに総理は7月10日に両主査による議論の整理を基本に会議を進めるよう事務局幹部に指示している。『読売新聞』1997年7月11日付。
47) 職員身分については、諸井委員「独立行政法人なら民間人ときちんと定義すべきだ」。水野委員「法改正で独立行政法人の職員でも公務員にすることは不可能か」。藤田主査「制度があいまいになる」。芦田委員「公務員には「公」へのこだわりがある。独立行政法人職員が公務員でないなら独立行政法人に手を挙げるところがなくなる」。藤田主査「身分は両論併記でいきたい」。などのやり取りがあったと報じられている。『日本経済新聞』1997年8月22日付。また別の報道では、橋本総理が公務員の身分を持つA型と民間型のB型の2タイプを設けてはどうかと提案したが、芦田委員が異論を唱えたため、藤田主査が「中間報告では両論併記とする」と引き取ったと報じられている。『産経新聞』1997年9月5日付。
48) なお芦田委員は中間報告が決定される前に8月27日付けの意見を提出しており、そこでは「集中審議では時間が制約される中で十分に意見交換ができないままに確認された感があり、残念である」として、職員身分については両論併記でなく、公務員とすることを明記すべきであると主張している。
49) 与党行政改革協議会のメンバーは、自民党が加藤幹事長、森総務会長、山崎政調会長、村上参院幹事長、武藤行革推進本部長(後に佐藤孝行氏)、社民党が伊藤幹事長、及川政審会長、中西総務会長、さきがけが園田幹事長、水野政調会長の10名。
50) 行政改革会議事務局OB会編、前掲書には、当時の与党内における検討経過の日程が掲載されており(1079−1082頁)、自民党内では連日のように会議が開かれていることがわかる。