従来の概念を超えた新しい「公共性」の理念
横浜国立大学経済学部教授 来生新
現在、欧米やアジアの主要港湾で、港湾のバースを特定の民間企業に独占的に使用させることがむしろ一般化しており、それが各国の港湾の効率性を高め、日本の港湾を競争劣位に置く原因の一つとなっている。各国の港湾制度の違いもあり、諸外国で行われていることが、直ちにわが国の港湾でも実施できるものではないことは改めていうまでもない。しかし、わが国において、港湾の「公共性」が、特定民間企業によるバースの独占的使用を許さないとされる点については、港湾法が制定された昭和20年代中葉以降のわが国の港湾や経済社会を取り巻く状況と、今日の状況との違いを充分に考慮した上で、伝統的な公共性判断を今日でも維持するに値するか、今日における港湾の公共性をどう考えるべきかという視点から、改めて検討を加えなければならない問題である。
1]伝統的な「公共性」慨念の基礎にあるもの
今日の公共性概念は歴史的な文脈において形成されたものである。市民革命によって成立した近代市民社会が、社会の構成要素として、強制権の独占的な行使主体である国家(議会・政府・裁判所からなる)と、平等な営利追求主体である市民とを想定したことが、私益と区別された公益(公共性)の起源であるといってよい。すなわち、国家は社会における唯一の強制権行使主体として、個別の私的利益の追求主体とは異なって、社会構成員全体の利益のためにその強制力を行使することを義務付けられているという社会契約論が、国家の実現すべき公共性の原理的な基礎となっている。
このような原理的な基礎付けによって、これまで公共性の中心をなす理念として「すべての利益追求主体の平等な取り扱い」という点が強調されてきた。強制力を背景とする税金徴収によって得た財政資金を、特定の営利主体の利益実現に用いることは平等原則に反することであり、観念的には、純粋公共財に代表されるように、すべての営利主体が平等にその利益を享受できるもののために、財政資金を用いるべきであると考えられたのである。平等性の要求は排他的な取り扱いの禁止の要求を意味することとなる。
2]「公共性」概念の他の構成要素
しかし、このような平等性以外にも、時代のいかんにかかわらず、公共性を構成する他の理念が存在している。
活動の実態とはなれて、誰がその活動を行うかという観点から、定義によって私益を追求する主体と、定義によって全体の利益のために権力を行使する主体とが区別され、その結果、公的な性質の主体の内には、定義によって、当然に公共性が存在すると考えられることが多い。わが国で、さまざまな行政領域で、第3セクターには純粋に私的な組織にはない公共性があると考えられてきたのも、このような主体の公共性から導かれる結論である。
また、財政資金が無限ではなく、有限である以上、当然に財政資金を用いる施設の効用の大きさ・効率性等で表現される経済的な価値は、「公共性」概念に含まれるのもう一つの理念である。