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我々は、有機汚泥を好んで摂食する多毛類の1種、イトゴカイ(Capitella sp.1)の生物特性を利用してヘドロを効率的に分解する方法を提唱してきた。このイトゴカイは世界各地の沿岸の有機物汚染域に高密度に生息することが知られ、その生理・生態学的特性が研究者の注目を集めてきた。イトゴカイは、ヘドロの堆積した海底において、直上水の溶存酸素条件が回復する秋季にどこからともなくヘドロの中に侵入してきて、その中で爆発的に増殖する特性を持っていることが知られている。演者をはじめとする共同研究チームによる室内飼育実験の結果では、イトゴカイによるヘドロの摂食や排糞などの生物活性によって、ヘドロ中の有機物の分解や還元性の硫化物の酸化が著しく促進されることが明らかになっている。また、その一方で、我々はイトゴカイの培養コロニーを野外に散布することを前提として、イトゴカイを夏季の間に陸上の培養施設で大量培養する方法を開発してきた。現在の技術では、2ヵ月程度の準備期間があれば、バイオマスがほとんど無視できるレベルから、約300万個体/m2(400〜500gWW/m2)程度のコロニーを培養することが可能になっている。この培養コロニーを、海底に堆積したヘドロの直上水の溶存酸素条件が秋季に回復するのを待ってそのヘドロの上に散布して、その中でイトゴカイの爆発的な増殖を誘導し、冬季から翌年の春季までの期間の間にヘドロを浄化してしまうことをねらっている。現在、我々の研究グループは、北九州市の洞海湾湾奥部において、海水の極度の富栄養化によって海底に大量に堆積したヘドロをイトゴカイを用いて浄化する実験を試験的に行っている。これまでの野外における調査および実験の結果では、3gC/m2/day程度の有機物負荷のある海底において(魚類養殖場直下でヘドロの堆積した海底での測定結果)、イトゴカイのコロニーが2〜10万個体/m2の規模に増殖すると、海底に沈降してくる有機物をすべてこの生物の活性のみで分解可能であるという結果を得ている。洞海湾においては、さらにこのレベルを上回る海底への有機物負荷量が見込まれることから、さらに野外の海底における大規模なコロニーの形成と、それを誘導するために必要なイトゴカイの大量培養設備の確保および培養技術の改良が必要となっている。

 

 

 

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