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このように過度に富栄養化した洞海湾におけるこれらの付着性二枚貝の現存量を明らかにし、これらを適当な付着基盤に付着させ生物量を増大させた後、陸上に引き上げることによりN・Pの効率的な回収を行うという試みの予備的検討は終了している。現在は、二枚貝のみを選択的に付着させる付着基盤の選定実験を行っている。同時に海域環境の詳細なモニターも実施しており、現場実験の基礎データについても得ている。さらに、現場での付着実験と平行して、室内における摂食実験などを実施しており、今後のモデル化のための基礎資料を得るとともに、これら付着性二枚貝の生態機能についての詳細な情報を得るべく様々な実験を実掩している。これらの知見を総合して最終的には、適正な海域環境を創出するための具体的な提言を行うことを目指している。

 

2 イトゴカイを用いた底質浄化

海水交換の悪い沿岸の閉鎖性水域(例えば湾や内海)では、近隣の陸上から河川水を通して負荷された栄養塩が水域内に滞留しやすく、しばしば富栄養化状態となって植物プランクトンが大量発生することがある。また、このような沿岸域は人間社会の活動が盛んな場所であり、その結果として、工場排水や生活排水などが大量に流入して、赤潮が頻発する極度の富栄養化状態(過栄養状態)に陥ることも少なくない。このような海域では、海域内で生産された植物プランクトン由来の有機物が、直接、間接に海底に沈降して、海底へ大量の有機物負荷をもたらすことになる。通常の健全な海域における海底においては、バクテリア、原生動物、線虫などの微少な底生生物、ゴカイや貝などの大型底生生物が、沈降してくる有機物を摂食して栄養を得る一方で、酸化的に分解して無機塩類に戻し、海水中に再び溶出させるという物質循環のシステムを営んでいる。しかしながら、過栄養の海域においては、海底に沈降してくる有機物の量が、海底の生物群集による酸化的な分解能力をしばしばはるかに上回る量に達し、その有機物が未分解のまま海底に堆積していくことになる。このような環境条件下において夏季に水温が上昇して海水の成層構造が発達すると、海底付近の海水の溶存酸素は有機物の分解に使い尽くされ、酸素を使わないで呼吸する簾気性のバクテリアによる有機物の簾気分解が始まる。そのバクテリアの中には、有機物を分解しながら海水中の硫酸塩を硫化水素に還元する硫酸還元菌が含まれていて、高レベルの硫化水素が海底の泥の中から発生して、泥は黒色のヘドロ(有機汚泥)と化する。硫化水素は底生生物にとって例外なくきわめて有毒であるため、ヘドロ化した泥の中は底生生物が生息できない環境となる。海底における生物群集全体による有機物分解率も、底生生物が消滅することと、嫌気性のバクテリアによる分解速度が好気性のバクテリアと比較してかなり遅いことから、大幅に低下して、沈降してくる有機物はさらに未分解のまま堆積するようになる。ヘドロ(有機汚泥)の堆積は海底生態系が有機物を分解して、それを栄養塩として再循環させる機能を著しく低下させて、さらなるヘドロの堆積を招く結果となる。このヘドロを除去したり、浄化したりして、海底生態系を正常な状態に戻すための試みは、これまで、おもに海洋土木的な手法を用いて行われてきた。汚泥の除去、覆砂や、削れいなどによる海水交換率の改善などが代表的な例である。しかしながら、いずれの方法も効果の持続性やコストを考慮すると、現実的な対策とはなりえていないのが実状である。

 

 

 

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