沿岸海域における海洋環境改善技術に関する調査研究員会レジメ 1999年11月4日
沿岸海域における生物を活用した環境修復の試み
香川大学農学部 門谷茂
はじめに
閉鎖系水域における水質汚濁問題が、かつての「有機物の流入による汚濁」や「重金属・化学物質汚染」問題から「富栄養化」と「未規制化学物質汚染」問題へとシフトしているのは、先進諸国に共通して認められる事象である。重金属・化学物質汚染では、発生源対策の実施などにより、原因物質の濃度低減に成功をおさめてきた。しかし有機汚濁の場合は、人為的富栄養化という形態で、問題解決は先送りとなっている。富栄養化問題については、その原因物質である窒素とリンが点源のみでなく面源からも負荷されるため、従来型のアプローチでは著しい水質改善を期待することは困難である。さらに、窒素やリンは生体の主要構成成分であり、食物連鎖等を介して地球を循環しているかけがえのない資源の一つであることを勘案すれば、今後の環境管理や環境修復技術には生態学的な観点を導入する必要があると考えられる。
本稿で議論する、生物を活用した環境修復「生態学的環境修復法」とは、「水質・底質浄化を大型生物を用いて行うバイオリメディエーション」、「生態系モデルを用いて水環境中の窒素・リンの動きをシミュレートして行う環境管理」、および「陸上へ回収した生物の商品化など、地球の物質循環系に窒素やリンをもどすための資源化」の、3種の系を組み合わせた富栄養化対策技術である。
ここでは、付着性二枚貝などを用いた水質浄化、イトゴカイを用いた底質浄化について以下に議論する。このような修復法の特徴として、環境修復を担う媒体が生物であるため修復時に生態系を撹乱しない、さらに回収した生物は商品として地球の物質循環に乗せていくため省エネ・省資源となることがあげられる。
1 付着性二枚貝を用いた水質浄化
北九州市の洞海湾のように高度に人間が利用している内湾域では、その周囲の大部分をコンクリートによる垂直護岸が取り囲んでいる。この垂直護岸は、少数種の付着動物が優占する単調な生物相となっている。その中で、外来種であり、昭和初期に神戸港で初めて存在が確認され、以後日本全国に分布域を拡大したムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)は、富栄養指標種として知られ、海域によっては、全付着生物重量の90%以上を占める場所もあることが知られている。このムラサキイガイは、ろ過食者であるので、付近の海域で増殖する植物プランクトン群集の良い収穫者となっており、その粒子トラップ効果は極めて大きい。ムラサキイガイは、湿重量べースで1年間、1平方メートル当たり50kgの生産を行うことが知られている。しかしながらほとんどの海域において、夏季の水温上昇とともに、大量に死亡することで護岸から脱落し、短期間でかつ大量の有機物の負荷により、護岸直下およびその近傍の海底環境に与えるダメージ(具体的には貧酸素水塊等の出現)もまた大きい。